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第3話

 君に会いたくて堪らなかった。会って、酷いことを言ってしまったことを謝りたかった。  でも、もう遅いことなんて、もう会えないかもしれないことだって、分かっていた。  だけど忘れられなかった。後悔と、叶うはずのない恋心を。  雪交じりの風が体温を奪う。隣に君のいないクリスマスは寒くて、愛も幸福も見当たらなかった。  今年のクリスマスもまた、君を探して後悔するんだろう。そう思っていた、なのに。 「……湊人(みなと)?」  低く沁み渡る声。  それは、疑念、期待、歓喜、そんなものが映し出された、真っ直ぐな声だった。それは、僕が探し続けていた、愛しい声だった。  振り向きたい、振り向きたくない、相反した思いがせめぎ合う。風景がゆっくりと後ろに流れる。雪がちらつく中、僕をじっと見つめて待っていたのは―― 「……遥果」  君だった。  君は僕の声を聞くと、何を言うよりも先にまず、僕を思い切り抱き締めた。それから、掠れた声で「会いたかった」と 囁いた。  僕は何も言えなかった。現実味がなくて、都合のいい夢だと思った。 「ごめん」君は抱き締めたまま、ぽつりと謝った。「俺、やっぱりあの頃お前に甘え過ぎてたよ」  数年前のクリスマスと同じようなことを君は言う。その言葉を聞いて、ゆっくりと思考が回り始めた。  これは、現実? 僕の都合のいい夢じゃなくて、君は本当にここにいる?  その答えを告げるように、君はゆっくりと慎重に、言葉を選んだ。 「お前と離れて一人暮らしして、ようやく分かったんだ、俺はとんだ甘ったれだったって。本当におまえの言うことは正しかった。だからありがとう。あの時俺に、ああいうことを言ってくれて」 「そんな……僕が謝りたいくらいだよ。酷いこと言って、仕事のストレス八つ当たりしてごめんって」  ぼそぼそと謝るが、君はすぐにかぶりを振る。 「いや。湊人にああいうことを言ってもらえなかったら、俺はきっと、甘ったれた夢物語ばっかり語ってたと思う。だから良かったよ」  その言い方ではまるで、君は夢を諦めてしまったかのようだ。怖くなって、抱き締められながら君を見上げた。君はその視線の意味を悟ったか、笑って首を振った。 「夢をあきらめた訳じゃない、ただ、甘いやり方じゃ駄目なんだって思い知ったんだ。……それで俺、売れる作家目指して頑張ったんだ」  君はぱっと僕を離すと、バッグを漁って、一つの本を取り出した。つい最近ドラマ化が発表された、今話題の家族愛を描いた小説だった。 「それでさ、俺、売れる作家になれたんだ。これ、俺が書いた小説。お前のおかげだよ、だから……ありがとうって、ずっと言いたくて」  思わず笑みが零れた。目頭が熱くなる。  自分の夢が叶ったくらいに嬉しかった。いや、僕の夢は君の夢が叶うことだったから、自分の夢が叶ったのと同じだろう。  君の真摯な言葉は素敵だから、必ずいつか日の目を見ると思っていた。やっぱり、僕が信じてた君は正しかった。 「おめでとう、夢が叶って」  すると君は満開の笑顔を浮かべた。ありがとう、君は噛み締めるようにまた、囁いた。 「何だ、君は最初っから、僕がいなくても生きていけるんじゃないか」僕は気付けば、そう呟いていた。  君は黙って僕を見つめる。 「僕に頼ってシェアハウスなんかしなくてもさ、君は最初から一人で生きていく力があったんじゃないの? むしろ僕が、君の夢の邪魔をしてたのかもしれないね」  僕と別れてから、君はデビューできたしブレイクできた。だから、そんなことを思ってしまうのも仕方ない。  君と一緒にいたいという僕のエゴが、君の夢を壊すのだったら、僕は忘れなきゃいけないことになる。恋心も思い出も、全て。  再会して、君の言葉を聞いて、やっぱり何よりも好きだと、君のことを愛してると実感した。だけどそんな気持ち、君の夢と天秤にかけたら君の夢の方が大切に決まっている。  だから僕は笑った。痛みも切なさも苦しさも、全部見ないふりをして。 「良かったね、小説家になれて。僕もまた君に会えて良かった。これからも頑張ってね、応援してる」  せっかく会えたんだから、全て伝えたかった。君への愛しさを、今までずっと好きだったことを、全部。  それを喉元で堪えて、僕は笑った。そうして僕は、君に背を向けた。本当は、ずっと君の隣にいたかったのに。  そんな僕の手を、君は掴んだ。言いたいことが喉元でつっかえて、言葉にならなくて手を掴んだかのような、必死な顔をしていた。 「待って。俺、もう一つ、湊人に伝えたいことがあるんだよ。……俺、お前と離れて思ったんだ、やっぱり俺にはお前が必要だ」  耳を疑う。僕が呆然としていても、君は真剣な顔で真摯な言葉を紡いだ。 「俺が売れるために頑張ったのも、お前に認めてもらうため、ただそれだけだったんだ」  君は、僕の目を真っ直ぐに見て、告げた。 「湊人、俺、お前のことが好きなんだ。離れてようやく気が付いた。だから……もう一度俺と、暮らして欲しい」  真っ直ぐな言葉。嘘偽りのない誠意が見える。  状況が把握できなかった。ずっと、何年もずっと待ち望んでいた展開なのに、僕は惚けた顔しかできなかった。  だけどしばらく経ってから、ようやくじわじわと事実が染み込んできた。次いで、言葉にできないくらいの喜びが襲った。幸せで胸が切なくなって、鼻の奥がつんとする。  今までの片想いしていた十数年間が、一気に報われたと思った。 「気付くの遅いよ、馬鹿ぁ……僕も、ずっと好きだったっ……僕もまた、君と暮らしたいっ……」  君はそれを聞いて、思い切り僕を抱き寄せた。 「……大好き、愛してる」 「……僕もだよ」  僕と君は、今までの隙を埋めるように笑い合った。  ――隣に君のいるクリスマスは温かくて、愛と幸福で満ち溢れていた。
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