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第9話

 ◇◇◇ 「え、迷った?」  シィタは全く緊張感のない声でそう呟いた。  しかし、現実は容赦なくその事実を突きつける。  シィタはカオスに陥っていた。なぜそうなってしまったのか、彼にはわからない。気づけば、そうなっていたのだから。 「うわわっ。リオに怒られるっ」  目の前は広く薄気味悪い廊下だった。もちろん、『アヴィス城』内である。  なぜ、自分はこんなところに一人でいるのだろう? 右を見ても、左を見ても、周りには自分以外、誰一人としていなかった。  じわじわと迫る焦燥感に駆られながらも、シィタは自分の身に、いったい何が起こったのかを思い返してみた。  あれは客室にいたときのことだ。シィタがリオにからかわれている最中、二人の下に天王付きの護衛の一人がやってきた。天王の命で、シィタを呼びに来たのだ。シィタはさっそく仕事だと気持ちを切り替え、リオとともに天王の下へと場を移した。  そのときだった。護衛とリオを先導にしていたシィタは、一人逸れてしまったのだ。  今が昼なのか、夜なのか、朝なのかさえわからない暗黒の世界に照らされるのは、月の光だけだ。『アヴィス城』に人工的な照明は設置されているが、足元が見えるだけで辺りはぼんやりと薄暗い。  だからといって、迷うだろうか? 子どもならまだしも、シィタは二十年近く生きている青年だ。脇目も触れず、先導する二人の背中を追っていたはずだった。なのになぜ、迷うことがあるのだろうか? 「方向音痴にもほどがあるよ……」  あれだけ啖呵を切った手前、かなり恥ずかしい。シィタはとぼとぼと城内をさ迷った。元いた客室に戻ろうにも、それがどこにあるのかさえわからない。  角の生えたリオと、腹を抱えて肩を震わせる天王の姿が目に浮かぶ。 「どっちも嫌だ……」  涙目にもなってくる。  とにかく前に進んで、誰かを見つけようと心に決める。彼は人差し指をあちらこちらに向けながら城の中を見渡した。同じような部屋をいくつも目にする。窓は見つけられても、外へと通ずるドアは見つけられない。それは言わずもがな、迷宮だった。  しかし不思議と恐くはなかった。天界の者なら発狂しかねないほどの闇の中を、彼は物怖じすることなく、前へと進んだ。  だが、おかしい。一向に誰とも会わないというのは、一体どういうなのか? これだけ広い城内なのだから、一人くらい誰かがいてもおかしくはないはずなのに。それどころか、何の気配も感じられないのはなんなのか。  さすがに、シィタも不安を抱く。この城には自分一人しかいないのではないだろうか? そんな錯覚さえしてくる。 「本当に、誰もいないのか?」  口に出してみても、返事は返ってこない。嫌な予感が脳裏をよぎる。同時に、妙な頭痛が彼を襲った。 「……っ?」  キィンと嫌な旋律が奏でられるかのように。  眩暈がする。ふらりと、身体がよろめき、反射的に壁に手を伸ばした。  カチャ……。  シィタは何かに触れた。冷やりとする金属製の何かに。そして覚えのある感触がその手の先にあった。

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