69 / 72

第69話 果報者だわ

「よう。監査本部本部長、取締役様」 「いきなり厭味言うな」  家に帰った片山を腕を組んで出迎え、俺は口を曲げた。片山からはほんのりと酒の匂いがする。記者会見のあと記念パーティなどがあり、酒も飲んだのだろう。時刻はもう二十二時だ。スーツを脱いでネクタイを緩めながらやって来る片山を、じっと見つめる。視線に気づいて、片山は無言で設置したばかりのウォーターサーバーから水を汲んで一口飲んだ。 「……視線が気になるんだけど」 「お前が『俺が言うまでも無く、知ることになる』って言ってたのはコレか」 「そう言うこと。察しの良いアンタなら、解ると思うけど」  そう言って、片山はソファに腰掛けた。俺もすぐ傍に座る。片山の横顔は、随分スッキリしていた。四年分の全てが終わったのだ。肩に乗る重責は増えてきもするが。 「パトロンは徳川だったってわけだ」 「―――四年前、社長と取り引きした」  片山が俺を見る。澄んだ瞳に、ドキリとする。 「四年前、イシュトリルトンはちょっとピンチだった。覚えてる? プロンプトソフト買収失敗した話」 「……当時はあんまり興味なかった」  俺の返事に、片山は目を丸くして、それからクスクス笑った。 「なんで『当時は』なんだよ」 「……」  だって、仕方がないじゃないか。俺は全然、会社のそういう所には興味が無かったし、疎かった。今は職責も重くなったし、片山の件もあって気になった。それが無けりゃ、一生知らずに居たかも知れない。 「あの失敗の煽り、かなり大きくてさ……幾つか開発中止になったソフトもあるって、そっちも覚えてない?」 「……スマン」 「まあ、竹中だよなあ」 「どういう意味だ」  片山はそう言いながらも笑っているので、そこの所は解ってやっていたのだろう。何となく、この先の話を聞くのが怖い。何となく、想像出来てしまう自分がいる。  だって、コイツは。  コイツが、動くときは。 「俺の担当してた部門は勿論、企画段階だったやつの多くが開発中止。人員削減も必要だった。これは竹中も知ってることで、当時、イシュは新規MMO開発に向けて人員をあちこちからかき集めてた」 「ああ―――花房とかな」  中途採用で、社員を多く雇いいれていた。合併は上手くいくはずで、それを見越した投資だったのだろう。横槍を入れてきたジャスティスウェイは、本気でイシュトリルトンを潰そうとしていたに違いない。 (それって、ヤバいよな……)  人件費は膨らんでるのに、見込んでいた商品の開発が中止。合併の費用だって。 「あの時、『シュヴァルツ†ナイト』も、開発休止の話が上がった」 「え」  知らない。聞いていない。  俺、当事者だぞ。 「MMOはすでに『プリメロオンライン』があったし、時代の流れが基本プレイ無料に流れていたから、一時休止して、仕切り直す話になった」 「待てよ……」  思わず口を挟んだ俺に、片山は肩を竦める。黙って聞いているのが難しい。混乱する。 「バカだろ。今更休止なんて。アンタなら、形勢逆転の、起死回生のゲームが作れるのに」 「―――おい」 「だから、社長室に怒鳴り込みに行ったんだよな」  平然と言ってのける片山に、目眩がした。 「……なんて、言ったんだ」 「ん? 俺を社長にしろって」 「……バッカじゃねえの!? お前、何考えてんだ!」 「四年前に言っても、そう言われると思った」  あっけらかんと笑う片山に、呆れてものが言えない。コイツ、こんなヤツだっけ。もっと、思慮深くて―――いや、それは俺の幻想か。  赤い薔薇が似合って、ワインが似合って、都会的。そんなイメージ、本当はないんだ。田舎出身で、牛と戯れて育った、トラックも運転できる男なんだ。 「徳川さんは、笑ってたよ。笑って、『じゃあ』って、交換条件出してきた」 「それが、マジェスティカ―――」 「そう。マジェスティカの社長として、社員を引き受けて、上場出来るまで育てること。将来的にはどうするか、その時はビジョンがまだなかったけど、大体予定通りかな。徳川としては、予定より早かったらしいけど」  片山は見事にマジェスティカを育てたわけだ。そして、取締役として戻ってきた、と。将来は本当に、イシュトリルトンの社長に収まるのかもしれない。頭がくらくらする。 「……じゃあ、なんだ。『シュヴァルツ†ナイト』が開発を続けられたのは……」 「俺はアンタのファンなんだよ」  じっと俺の目を見ながら、そんなことを言う。 「ファンの愛が重すぎる」  俺の呟きに、片山はククと笑った。 「俺の夢は、世界をひっくり返すゲームを作ること。でも、俺自身は才能がない。けど、人を集める才能と、出資者にはなれるからな」  存外、壮大なことを考えてやがる。その顔は、俺のよく知る不遜な自信家の顔だ。 「人材と資金、自由に動ける環境を作ったら、どんなものを作るのか、見たかった。隅の方で良いから、関わりたかった。単に、俺の我が儘だよ」  それは、俺がってことだよな。  片山がやって来たことが、俺の道に繋がるのか。何て盛大で壮大な花道だ。プレッシャーをかけるなよ。 「世界を変えるのに、足りない武器があれば調達する」 「お前、過激派だな」  片山は「なんとでも」と言って笑う。  俺がほしいもの、何でも用意するヤツだった。言わなくても、それを全て整えられるヤツだった。  けど。 「片山。お前、解ってないな」 「何ですか」 「最新の機材でも、優秀な人材でも、豊富な資金でも、無限の時間でも、まだ足りない。それがなきゃ、ダメだった」  片山の手を取る。片山は珍しく、なにも解っていないような顔をした。思わずニヤリと笑う。 「お前が居ないと、何も始まらない」 「―――っ」  顔を赤くして、片山が目を逸らす。 「そっ、そうらしい、なっ」  まあ、つまり、俺は全部、手に入れたらしい。 「果報者だわ」  そう言って、片山の唇に軽くキスをした。

ともだちにシェアしよう!