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1%の恋革命①

「という事で、年明けにまた家族が増えるんだよ」 照れ臭そうに笑みを浮かべている友人の松浜(まつはま)の報告に、俺は衝撃という名のパンチを顔面に食らったような気分だった。 松浜の左薬指のシルバーリングを動揺したまま見つめ、もう一度照れ臭そうな顔をした松浜へと目を向けた。 「おめでとう。男の子?女の子?ていうか、二十三歳で結婚してたのか?それに五歳児の男の子もいるだって?いつの間に…?」 「ありがとよ!今度は女の子だって。いつの間にって、お前と連絡取れなかったんだから仕方ないことだろ」 「スマホを落とした後に蹴り上げて川にボチャンするという見事な負の連鎖」と、あの頃と変わらない呆れた口調で肩を竦める松浜。 その通りだった。高校卒業式後に手を滑らせてスマートフォンを川に落とし、データを紛失した所為で新しいスマートフォンに変えて関西の大学へと行くことになり、地元の人間と一切連絡をせずに過ごしてきた。 あまりにも薄情だろと思うが、本当に仕方のない事だった。地元の人と言っても、同級生の友達が松浜しか居なかった俺は、誰かに聞こうという選択肢すらなかったのだ。 初めての一人暮らしで生きていくのに必死だった俺は、掛け持ちのアルバイトと大学に終われた日々。土日祝日もアルバイトに追われ、帰省するタイミングを逃していた。 帰省したとしても日帰りで親に顔を見せるだけだったし…というより、連絡する相手の番号が分からなければ意味がなかったのだ。それは不動産会社に就職するようになっても同じ現象が起きるのには理由があって、営業部に居た俺は水曜日が定休日で時間が無かったのだ。不動産は世間の土日祝日が儲け時だからというのもある。 そして高校時代の三年間を共に過ごした友人と卒業後から約十年ぶりの再会。 時の流れの速さは恐ろしく、仲の良かった友人は知らぬ間に既婚者になっており、来年には二人の子を持つパパになっていた。 十年で従兄弟で新生児だったあの子は口達者に喋り、元気よく走り回る十歳になってた。犬だって十年経てば高齢犬だし、十年前に建設予定だった話題の大型商業施設は無事完成し、今では落ち着いて混雑してないらしい。 そして十八歳だったあの頃よりも精神的にも金銭的にも自立しつつある二十八歳になったんだ。変化が無いわけない。 転勤で関西から地元の東京へ帰る事になった俺は今、職場の近くのマンションに住んでいる。久し振りに松浜とばったりと会えたのは、コンビニでビールを購入しようと欲が湧いたからだ。 松浜が近くに住んでいるとは知らず、奇跡的に久し振りの再会を果たした。しかし松浜から聞かされる現状は、かつてないほどの焦燥感だけが後味として残っていた。 クラスメイトだったアイツもあの人も、みんな結婚してるというではないか。 それはまだいい。結婚するしないではなく…俺が感じている焦りは、二十八歳にして彼女も出来た事もなければ、仕事に身を注ぎ、デートも一度だけした事があるが見事玉砕して軽くトラウマだし、極めつけは童貞だなんて絵に描いたような小心者だ。 時の流れは恐ろしい。きっと松浜と奇跡的に再会しなければ、自分の年齢という事を忘れ、気が付けば還暦を迎えてしまう勢いだったのかもしれない。 青ざめている俺の様子を見た松浜が、何かを察して苦笑いを浮かべながら肩をぽんと叩いた。 「まぁまぁ。今彼女いなくて焦ったのか?お前、良い奴だから結婚してると思うくらいだったぞ。誰か紹介してやりたいけど、周り結婚してるしなー…どんな子がいいとかあるのか?」 良い奴だからって。それなら今苦労してないんだよ。ていうかあまりにも仕事に必死過ぎて、苦労する事も忘れていた。…松浜は俺が童貞だなんて思いもしないだろうな。絶対言わないぞ。 脳内を落ち着かせるように軽く咳払いした俺は、思案に暮れたように自分の後頭部を撫でる。 「なんていうか…女の子前にすると、ちょっと照れ臭いっていうか話が続かないんだよな。それで一回失敗してるし、かと言って積極的な子が俺みたいな奴に興味持ってもくれないし。慣れたら松浜みたいに喋れそうなんだけど、慣れるまでの進展が全くない」 死んだ目で訴える俺を宥めるように「なるほどなぁ。けど高校の時から見た目も何も変わってないもんな」としみじみと呟き、ぽんぽんと肩を叩く手を止めない。 確かに髪型も変えた事もない。中身も変わっていないと思っている。それがダメなんだろうけど。 すると突然、何かを思い出したように肩に置いていた手をギュッと掴んだ松浜に肩をびくつかせた。 「そうだ!思い出したぞ。紫川と連絡取ればいいじゃん。仲良かったんだよな?って、そうだった。データ無くなったんだった」 「そうなんだよ。ていうか俺の知ってる柴川は柴川 奏良(しかわ そら)しか知らないけど…?」 松浜の口から飛び出したのは、『奏良君』と呼んでいて、君付けしたくなるほどの可愛らしい後輩の名前だ。 色素の薄い目と髪、そして白くて透明感のある肌は女の子のようだった。 奏良君は元気だろうか。唯一仲良くしてくれていた四つ下の後輩だった。慕うようにキラキラとした幼気な笑みで俺の名前を呼ぶ奏良君はとても可愛かった。 卒業したら俺が関西に行く事になっていたから、連絡先を交換してほしいという事になって、あれっきりだ。しかもその後にスマホをボチャンしたしな…。 「あぁ~そっか、知らないのか。柴川見たら吃驚するだろうな。俺も数年前にバッタリ会って、最初誰か分からなかったんだもん。そういえばその時にお前の連絡先をやたら聞かれたな。俺も分からなかったしな~…」 「え、そうなのか?ていうか、待て。なんだよ、さっきから奏良君が変わったような言い方は」 「変わったようなじゃなくて、変わったんだよ、柴川。今じゃ有名人だよ?新宿にあるクラブでDJしてる。後、俺が柴川の名前出したのは、柴川は恋愛成就の達人っていうか、テクニシャンっていうか…とにかく柴川に恋人が出来るまで特訓受けた男達は100%恋人が出来るんだよ」 「………はい?」 耳を疑うような話に全くついていけない俺は、そう聞き返すしかなかったのだ。

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