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1%の恋革命③

「何かあればスタッフに話しかけてください」 「はい…」 耳元でスタッフに声を掛けてられるが、自分の声が周りの音でかき消される。 連れられるままホールへと辿り着けたが…なんだこれは。 暗闇の中、唯一の頼りはムービングヘッドライトの光のみ。酒に酔った人達は皆雰囲気を楽しんでいて、肩がぶつかろうが気にも留めない。会話なんてまともに出来ないほど音楽の音量が騒がしく、重低音が心臓に響くほどだった。 こんな場所で話す事も出来ないだろ。本当に奏良君は取り合ってくれるのだろうか。 クラブの中は想像以上に広々としていて、予想では百人程の人数は居るかもしれない。 俺は皆がステージに向かって熱狂している先をゆっくりと見つめた。遠くて容姿がはっきりと見えないが、釘付けになるのが分かるほど雰囲気だけで格好良さが滲み出ている。それでもヘッドフォンを耳に当てながらミキサーを楽しそうに操る男から目が離せない。 DJが手を上げると、男女問わず全員が一致団結したようにステージ向かって音楽に負けないくらいの大歓声が沸き起こっていた。 見ただけで人気なんだと分かるほどだ。…あれが奏良君?このステージに立っている奏良君は別の世界の人間にしか思えない。 ここに来たいと言ったのは俺で、勝手に来たのにも関わらず、昔の事を思い出した俺は少し寂しくなった。 ***** 中学校の裏庭にあるオキナグサという花に出会ったのは、中学三年生の二月だった。事務員の先生に用事があった俺は、先生を探して校内を歩き回っていると、裏庭で水やりをしている先生を見つけた。 その時に会ったのが、越冬して新芽になったオキナグサという花だった。 オキナグサはこの後、白い毛で覆われた花芽を伸ばし、萼片が俯くように下へと向く花になる。写真を検索した時に、見たことない花芽と変わった形の花だなと思ったのが第一印象で、どう咲くかこの目で見てみたいと思うほどだった。 事務員の先生も俺と同じで三月になったらこの学校を去り、先生は北海道の学校に行くと言っていた。 『毎日管理していたこの庭とこの子達ともさよならか』 まるで生徒達との別れを惜しむような言い草で、その表情があまりにも寂しそうだった。 きっと卒業という寂しさで感傷的になっていた俺は、先生に同情していたのだろう。 此処は四月から来た新しい先生か生徒が担当するに決まっているのに、俺はこの花は誰が面倒を見るんだ?という心配が大きかった。 『俺、すぐ近くの高校に行くんです。もし良ければ必要な時に俺が水やりしますよ!』 そんな言葉を咄嗟に言ってしまったのだ。 今思えば、今日もクラブに勢いで来てしまったり、感情に左右されたら勢いで行動を起こしてしまう所は昔と変わっていない。 先生は目を丸くして「優しいね」と言いながら頭を優しく撫でてくれたが、俺はあの後に先生から育て方を教わった。 それから卒業しても気になって足を運び、綺麗に開花したオキナグサに感動して、茎の成長が止まって落葉するまで見守っていた。お陰で新しい事務員の先生とも仲良くなってしまった。 そして俺が高校三年の一月になった時だった。中学二年生の奏良君が窓際の席から裏庭の様子が見えたと言う。 「何してるんですか?」と上から声を掛けられた。大袈裟だと言われるかもしれないが、二階から見下ろした天使がいる…?と思ったのが感想だ。端麗な顔立ちなのが近くから見なくても分かるほどだった。 それから「水やりしてるんだよ」って言った俺に対して、「そうですか」と言って顔を引っ込めたと思えば、数分後に裏庭に天使が舞い降りて…。 そういえば、中学二年生の最後の席替えになってから窓際から見下ろした時に、たまに現れる俺は何してたんだって気になってたって言ってたな。 『最初は先生に同情しちゃったんだけど、気が付いたら俺が花の事を気になってたって言うか…卒業生なのに厚かましいっていうか。友達にも花に水やりしに中学に通ってる男子高校生居ないぞって笑われたよ』 『厚かましいなんて、誰も迷惑だなんて思ってないですよ。花はこんなに思ってくれる人に管理してもらって嬉しいと思います。俺は……笑いません』 照れたように頰を染めながら少し溜めて告げた奏良君の柔らかそうな猫っ毛が揺れた場面は鮮明に覚えている。 そして次に学校へ行った時から奏良君が健気に水やりをする準備をして待っててくれたんだっけ。俺がいつ行くなんて言ってなかったけど、待っててくれてたのかって思うと、可愛くて頭を撫でたんだ。 初対面の時から俺が卒業した日の二ヶ月間、目を掠めたくなるほどキラキラとした純粋な瞳で、俺に優しく接してくれる子だった。 今じゃ俺は切羽詰まって仕事、仕事…そんな余裕なんてないとか思ってる自分がいる。 きっと俺がスマートフォンのデータ無くさなければ、今でも奏良君と連絡を取り合って、花の話をしてくれたのかな…なんてな。そう思うと俺が寂しいって思っちゃいけない。だって俺が連絡を途切れさせた事と違いないからだ。それに今の奏良君からしたら、なんて事ない出来事だったかもしれないし。 「いってぇな」 淡くて眩しく、もう戻ってくることのないあの頃の想いに耽っていると、ドンッと肩がぶつかるような鈍い痛みに我に返った。 目を向けると、横切ろうとしていた男が厳つい顔で睨んでいた。ボーッと突っ立っていた俺が邪魔だったのだろう。 先程まで思い出していた天使のような奏良君からのこの男だと、衝撃を受けるほどのガラの悪さだ。 「あ、すみませ「邪魔なんだけどー?つか、痛ぇなー。慰謝料払ってもらわなきゃ割に合わねぇ」 どう見たって俺よりも厚い胸板と筋肉があるはずなのに、痛そうな素振りをする男に怪訝な顔になっていく。俺はこの時に金目当てだと気付き、狼狽るように後退りをした。 「…いや…金持ってないので」 すると、背中に何かがぶつかるような感触に振り向くと、同じようにガラの悪そうな人がニヤニヤとしながら見下ろしていた。そして耳元で「黙って渡せば無事帰してやるから早くしろ」とふざけた口調で告げてきた。 俺は何かあればスタッフに声を掛けるという事を思い出して周りを見渡すが、こんな時に限って誰もいない。それどころか先程よりも人が多く集結して、俺の存在すら見つけてくれるか定かではない。もしかすると、こんな場だから誰にもバレずに金を取れるかもしれないという男達の策略かもしれない。 「本当に金持ってないので」 突き放すようにそう告げた俺に対し、青筋を立てた男が俺の胸倉を思いっきり掴んで持ち上げてきた。 俺は殴られると思い、目を見張ってしまう。が、先程まで盛り上がっていた音楽がプツンと切れて、辺りは人の歓声だけになる。そして音楽が途切れた事に気付いた人達は次第に鎮まっていき、それと同時にスポットライトのような光が俺とガラの悪い連中を照らした。 …え?な、なんだ?なにごと?

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