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恋のバカンスは、予言通りにはいかない!?【好きと言える自信 #2】

「意識はあるな。良かった。頭は打ってなかったから、動かしても大丈夫だ。コートの端まで運んでやる。来い」  俺が考えなしに伸ばした手は、あっさりと土岐に掴まれて。もう片方の土岐の手も、俺の背中に回ってきた。長い腕に支えられて、ゆっくりと身体が起こされていく。 「えっ、土岐? おおっ、俺なら大丈夫だから! はっ、離れてくんねっ?」  皆が見てる前で身体が密着したことで、今度は俺が慌てた。  やべぇよ。だって俺、こんな密着体勢、ぜってぇ赤面しちゃうもん。男同士なのに、皆に変に思われちゃうっ。 「……おとなしくついて来い。怪我の具合を見るだけだ。一色。悪いが、氷を持ってきてくれ」 「わかった」  けど、土岐の目的はただの怪我の確認だったみたいで、いつもの無表情に戻ったソイツからは業務連絡みたいな平坦な声色が紡がれた。  あれ? さっきの心配顔は、どこ行ったん? あれれ? 俺の、気のせいだった? * 「――腕は上がるか? ここは?」 「大丈夫。両方とも上がるし、ちゃんと曲げられるよ」  土岐に付き添われてコートの端に移動した俺は、その土岐の手で、身体中くまなくチェックを受けていた。  『身体中』とか嘘ついてるって思われそうだけど、これ、誇張でもなんでもない。  だって、俺を床に座らせた途端、髪に指が差し込まれてさ。頭皮から顔、首に背中、そんで腕まで、めちゃ丁寧に冷静な医者目線の土岐の指が触れてきてんだ。で、次は――。 「ここは? こうすると、どうだ?」 「あ、痛っ。そこ、ちょっと痛いかも」 「脇腹の打撲だな。ほら、氷を当てとけ。しばらく冷やして安静にしとくんだぞ」 「うん、そうするー。でも俺、なんでこんなとこ怪我したんだろ?」  ビニール袋に入った氷を脇腹に当てつつ、首を傾げる。 「お前、ボールケースに真横からぶつかって、そのままケースごとコートに横転したんだ。ボールと一緒に宙を飛んでたんだが、覚えてないのか?」 「マジか。ガーッて何かに当たってフワッて浮いたような気はしてたけど、あんま覚えてなくてさ。あははっ」 「全く、お前は……ほら、次はうつ伏せになれ」 「えっ? いや、腰から下は自分でチェックするから! もう遠慮します!」 「何を言ってる。自己チェックでは正確な……」 「あのぅ、武田先輩? 大丈夫ですか?」 「あ……」  うつ伏せの体勢になるよう迫ってくる土岐から後ずさりして逃げてた俺の頭上から、遠慮がちな声が聞こえてきた。  宇佐美、だった。 「土岐先輩。こんな時にすみませんが、キャプテンが先輩をお呼びなんです。なので、僕が代わりに武田先輩を保健室にお連れするために来ました」 「キャプテンが? いや、今は行けない。武田の状態を……」 「あっ、土岐! キャップの呼び出しなら、すぐに行かなきゃだぞ。俺ならもう大丈夫だから、行ってくれよ。ほら、脇腹もちゃんと冷やしとくし。なっ?」  宇佐美は、キャップからの伝言を伝えにきたんだ。俺の怪我を気遣ってか、申し訳なさそうに土岐に言ってるのに、即答で断ったら可哀想じゃん。  それに、このまま土岐がここに残ったら、俺、皆が練習してる横で腰から下の色んな場所を土岐に触られちゃうことになるし。そんなの、きっと変な反応しちゃうから困るしっ。 「マジで、痛いとこは脇腹だけなんだ。ここで冷やしながら見学してるし、心配いらねぇよ?」 「本当か? 嘘じゃないな?」 「うん。マジ、マジ。大マジっ」 「わかった。なら、行ってくる。おとなしくしとけよ」 「……ふぅ、行ってくれた。やれやれ」  俺の説得に頷いてくれた土岐は、途中一度だけ振り向いたけど、俺がニカッて笑ったらそのままキャップのところへ駆けていった。  良かった。あのままだと、俺、土岐の朝練の邪魔をずっとすることになってたもん。あ、そうだ。宇佐美にも戻ってもらわねぇと。 「宇佐美ももう練習に戻っていいぞ。俺なら、ひとりでも大丈夫だし……」 「あぁ、良かった! 僕、すごく心配でした。でも、本当はたいしたことなかったんですね。大袈裟に転んで土岐先輩に心配かけてたから、僕まで心配しちゃいましたー」 「あ……わりぃ。えーと、ごめん、な?」  『良かった』と両手を合わせて笑顔を向けてくれた宇佐美だったけど、その後、声色が変わった。  なんだろ? 雰囲気も違う気がする……。 「武田先輩って、いつも土岐先輩に迷惑かけてますよね」 「え?」  冷たい印象になった声色のまま、宇佐美が問いかけてきた。  いや、問いかけじゃないのかな? 断定されてるような言い方だ。 「僕ら、中学バスケ部の部員は皆そう言ってますよ。いつもうるさく纏わりついて土岐先輩の邪魔ばかりしてるって。良く言えば賑やかなムードメーカーだけど、そういうのってハッキリ言ってウザいだけでしょ?」  あ……。  ぎりっと、胸の奥を何かで捻り上げられるような鈍い痛みを感じた。  俺、ウザい? 「高1のメンバーの中でも、土岐先輩みたいに点が取れるわけでもなく、一色先輩みたいなパワーもないし、常陸先輩ほどのドリブルスキルもなくて、高階先輩のような緻密なゲームメイクもできない。ただ、騒がしいだけの部のお荷物なのに、なんでいつも当たり前のように土岐先輩の隣にいようとするんですか?」 「宇佐美……」 「さっきだって、週末の練習試合のためにせっかくシュートフォームの修正をしてもらってたのに、あんな風に大袈裟に転んでみせるから中断させられたんですよ。本当に、すごく迷惑でした」  あー、そっか。中学バスケ部は週末に試合あんのか。悪いことしちまったな。 「怪我人がいたら放っておけない土岐先輩につけ込むやり方とか、すごく卑怯ですよね。土岐先輩や皆の邪魔をして、何が楽しいんですか?」  あ……どうしよう。『違う』って言いたいのに、言えない。  俺、ほんとに何の役にも立ってないから。土岐の邪魔ばっかしてるのは、ほんとだから……。 宇佐美の言ってること、当たってるから、なんも言えない。ちょっと誤解されてるっぽいとこはあるけど、だいたい当たってるもん。  あ、だけど、宇佐美には悪いことしたから。そのこと、とにかく謝んないと、だよな? 「えと、ごめんな? 練習の邪魔して。でも俺、わざとじゃ……」 「悪いと思ってるなら、離れてください。土岐先輩から」  え? 離れてって……。 「あ、えと宇佐美? それ、どういう……」 「なんですか? 日本語も通じないんですか? 『土岐先輩から離れてください』と言いましたよ、僕。もしかして、自分がどれだけ土岐先輩の練習の邪魔してるのかも、わかってないんですか?」 「……っ」  ぎりぎりと、さらに胸の奥が捻り上げられる音を聞いた。 「土岐先輩は、すごいシューターなんです。武田先輩なんかより、都の優秀選手に選ばれてる有馬キャプテンや花宮先輩と練習したほうがずっといいに決まってます。それに、僕たち中等科生は朝練でしか土岐先輩に教われないんだから、平均的一般プレイヤーの武田先輩は遠慮しててください」  あ、うん。それもわかってんだよ。俺と土岐の才能の差も、ちゃんとわかってんだ。  けど、ずっとずっと好きだった相手だから。  ずっと片想いで苦しくて……それでも何にも傷ついてないふりして、馬鹿みたいにヘラヘラ笑って纏わりついては冷たくあしらわれてた俺だから。  だから、恋人にやっとなれた今は、ほんの少しの時間も惜しくて。少しでも多く土岐の傍に居たいって、欲張っちまってたんだよ。  でも、それも駄目、なんかな? こんな俺なんかじゃ……。 「あと、何なんですか? そのTシャツ。部活、舐めてんですか? マジ、ウザい」 「え?」  Tシャツ? それって、俺が着てる、このTシャツのこと……?

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