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第5話 訪問者
「暁宏さま。紅茶を淹れ直しますね」
「いい」
暁宏は花びらを摘まみ上げると、テーブルの上に置いた。
「……こんなところに置いても、土には還られないな」
「ええ」
「美しいと思ったら手元に置いてしまうのは、直さないといけない私の癖だ。父親譲りの……。似たくないところが同じになるとは思わなかった」
「さようでございますか」
頷くだけの返事をする。
執事として真っ当な答えを返したものの、朔哉には暁宏の言葉の真意がわからなかった。
見目麗しい女性を集めたり、骨董品をコレクションしたりする趣味は暁宏にはない。多くの本やレコードを書斎に置いているので、『美しいもの』とはそれらのことだろうか。
「客人が来る前に、桜を見ながら優雅にティータイムとは。おまえは、つくづく俗世とはかけ離れた男だな。暁宏」
聞き慣れない声が聞こえたので、朔哉は顔を上げた。
ひとりの男性が正門の方から、ふたりがいる庭園に近づいてくる。
暁宏が、今日ひとりの宿泊客が来ると言っていた。
男は、ノーネクタイに白いシャツ。やわらかいベージュのジャケットに同系色のパンツを合わせている。
格好だけ見れば清潔そうな印象を与えるのだが、伸ばしかけのような少し長い黒髪を後ろでひとまとめにしているのが朔哉は気になった。暁宏のもとを訪ねてくる客で髪を伸ばしている男性ははじめてだ。ノーネクタイも珍しい。
シャツにもパンツにも皺がない。髪は洗髪されているらしく、脂がついていない。手入れが行き届いている。
暁宏を呼び捨てにするとは、親しい関係なのだろう。
『緒方家に踏み入れたのならば礼儀を覚えてもらわなくてはならない』
もし父が生きていれば、そんなことを言っていたにちがいない。
朔哉の父は、あの儀式の失敗から四ヶ月後に急逝した。教えられてきたことを守れなかった息子をどう思っていたか、ついに聞けなかった。
ティーポットを置くと、暁宏に一礼してから男に近づいた。
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