7 / 24
第7話 スペンサージャケット
『客人に躯を差し出す夜は、あまり夕食を口にしないように。男を受け入れる……場合によっては一晩で複数の相手に抱かれるのだから、腹部に負担がかかる』
数年前に父から教わったことは、そらんじて言えるくらい覚えている。
おかげで苦しまずに済む。父に感謝しなくてはならない。
そう、躯だけは、苦しまずに済む。
自室で、燕尾服から、丈の短いタイトなシルエットのブラックのスペンサージャケットに着替えた。
袖を通すのは仕立てたとき以来だ。
スペンサージャケットは、西川家が客人をもてなすときだけ身にまとう。
『ジャケットを着たままの私たちを好む客人は多い。燕尾服では、ベッドの上で裾が邪魔になる。タイはクロスタイにしなさい。解くのが容易いからすぐに肌を見せられる』
鏡に向かい、クロスタイを新品のシルバーのピンで留める。形を整えながら、父の言葉を思い出した。
『客人がピンで指を刺しても、慌てないように。手を取り見つめて血を吸いなさい』
約束した時刻になり、秀一郎が泊まる部屋に向かう。
廊下でメイドや燕尾服を着た執事とすれ違う。皆、朔哉に向かって黙礼した。
使用人たちは知っている。
朔哉がスペンサージャケットを着ている意味を。
ともだちにシェアしよう!