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第7話 スペンサージャケット

『客人に躯を差し出す夜は、あまり夕食を口にしないように。男を受け入れる……場合によっては一晩で複数の相手に抱かれるのだから、腹部に負担がかかる』 数年前に父から教わったことは、そらんじて言えるくらい覚えている。 おかげで苦しまずに済む。父に感謝しなくてはならない。 そう、躯だけは、苦しまずに済む。 自室で、燕尾服から、丈の短いタイトなシルエットのブラックのスペンサージャケットに着替えた。 袖を通すのは仕立てたとき以来だ。 スペンサージャケットは、西川家が客人をもてなすときだけ身にまとう。 『ジャケットを着たままの私たちを好む客人は多い。燕尾服では、ベッドの上で裾が邪魔になる。タイはクロスタイにしなさい。解くのが容易いからすぐに肌を見せられる』 鏡に向かい、クロスタイを新品のシルバーのピンで留める。形を整えながら、父の言葉を思い出した。 『客人がピンで指を刺しても、慌てないように。手を取り見つめて血を吸いなさい』 約束した時刻になり、秀一郎が泊まる部屋に向かう。 廊下でメイドや燕尾服を着た執事とすれ違う。皆、朔哉に向かって黙礼した。 使用人たちは知っている。 朔哉がスペンサージャケットを着ている意味を。

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