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第8話 透明な仮面1
秀一郎がいる部屋のドアをノックする。返事がしたので、ドアを開けた。
秀一郎は髪をおろし、バスローブをまとっていた。昼の顔より、若く見える。
ベッド脇のアームチェアに座り、ウィスキーを飲んでいる。
「この館はすごいな。薔薇が浮かんだ風呂なんて初めて入ったよ」
「お気に召していただけましたか」
「ああ、ああ!」
秀一郎はウィスキーを一息に飲んだ。
グラスを置くタイミングを見て、秀一郎に近づく。
アームチェアの側に片膝をついて、見上げた。
「佐伯さま……いえ、秀一郎さま」
『相手を名前で呼びなさい。たとえ初対面の男でも。馴れ馴れしいのはいけないが、頑なになってもいけない』
朔哉はどこまでも、父の教えに忠実に従った。
右手で、秀一郎の手を取った。秀一郎が目を見開く。秀一郎は知らないのかもしれない。
客人との夜の前には、口上があるということを。
朔哉は左手を自らの胸に置いた。
心臓を押さえるかのように。
『幾千の男に貫かれても、決して心は盗まれるな。おまえの心は暁宏さまのものだ。仮面をつけるために、躯を重ねる前には男たちに口上を述べなさい。どんなに性急に済まそうとする男がいても、言葉を紡ぐことだけは忘れないように』
父は、透明な仮面をつけて自分の宿命を呪うことなく、毎夜のように男たちと通じていたのだろうか。先代当主を想いながら。
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