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第10話 くちづけ
長い口上を終え、朔哉は息を吐いた。秀一郎がアームチェアから降りた。
膝立ちになり、朔哉の顎に手を添える。
「秀一郎さま?」
「口上だったか? 懐かしい。何度聴いてもゾクゾクする……」
「え……? ん、ん……」
唇を奪われた。背筋に刺激が走る。
ただ唇を合わせるだけで躯が震えるなんて。相手は名前しか知らない男なのに。
誰とも肌を重ねてこなかったからなのか。本能から来る悦びなのか。
未知の快感を恐れているのも束の間、舌で唇を嬲られる。深いくちづけを求められると悟り、口を開いた。
「ん……う、ん……」
芳醇なウィスキーと甘い薔薇の香りが匂い立つ。
秀一郎の舌を吸う。ふたりの唾液が混ざり合う。自分のものとは少し味が異なる。
気づいた瞬間、肌が粟立った。
スペンサージャケットの下から、秀一郎の手が入ってくる。シャツ越しに背を撫でられた。
「……あ、ん」
躯を震わせ、朔弥は声を漏らした。
崩れ落ちた腰を強く引き寄せられる。
たいしたことのない愛撫のはず。うろたえてはいけない。
そう心の内に言い聞かせても、これから押し寄せる快楽の波の激しさがわからず、逃げ出したくなる。それでいて、どんな荒々しさか溺れてしまいたいという欲望も少しあった。
その思いだけは、秀一郎に気づかれたくない。
……父の言う通りだ。
感情を共合わなくても、愉楽は手に入れられる。
右手から力が抜けていく。
秀一郎が指を絡ませてきた。性急なくちづけとはちがう優しさを感じ、朔哉は縋るように手を掴んだ。
「……朔哉くん。きみは雪弥 さんにそっくりだ。掟だからと言って、好きでもない奴になにをされても全く抵抗しない。こうして触れ合っていると……本当に、俺に恋してるんじゃないかと思ってしまう」
「秀一郎さま……まさか、父を……」
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