10 / 24

第10話 くちづけ

長い口上を終え、朔哉は息を吐いた。秀一郎がアームチェアから降りた。 膝立ちになり、朔哉の顎に手を添える。 「秀一郎さま?」 「口上だったか? 懐かしい。何度聴いてもゾクゾクする……」 「え……? ん、ん……」 唇を奪われた。背筋に刺激が走る。 ただ唇を合わせるだけで躯が震えるなんて。相手は名前しか知らない男なのに。 誰とも肌を重ねてこなかったからなのか。本能から来る悦びなのか。 未知の快感を恐れているのも束の間、舌で唇を嬲られる。深いくちづけを求められると悟り、口を開いた。 「ん……う、ん……」 芳醇なウィスキーと甘い薔薇の香りが匂い立つ。 秀一郎の舌を吸う。ふたりの唾液が混ざり合う。自分のものとは少し味が異なる。 気づいた瞬間、肌が粟立った。 スペンサージャケットの下から、秀一郎の手が入ってくる。シャツ越しに背を撫でられた。 「……あ、ん」 躯を震わせ、朔弥は声を漏らした。 崩れ落ちた腰を強く引き寄せられる。 たいしたことのない愛撫のはず。うろたえてはいけない。 そう心の内に言い聞かせても、これから押し寄せる快楽の波の激しさがわからず、逃げ出したくなる。それでいて、どんな荒々しさか溺れてしまいたいという欲望も少しあった。 その思いだけは、秀一郎に気づかれたくない。 ……父の言う通りだ。 感情を共合わなくても、愉楽は手に入れられる。 右手から力が抜けていく。 秀一郎が指を絡ませてきた。性急なくちづけとはちがう優しさを感じ、朔哉は縋るように手を掴んだ。 「……朔哉くん。きみは雪弥(ゆきや)さんにそっくりだ。掟だからと言って、好きでもない奴になにをされても全く抵抗しない。こうして触れ合っていると……本当に、俺に恋してるんじゃないかと思ってしまう」 「秀一郎さま……まさか、父を……」

ともだちにシェアしよう!