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プロローグ
「――もう、五年ですか」
その呟きは傍らに立つ彼にも聞こえていたようで、そうだな、という答えが返ってきた。その声色はしみじみと噛み締めるようで、どこか切なげに聞こえた。
青空はどこまでも澄み切っていて、屋上で吹く風は彼の白衣を静かにはためかせた。
「彼は非常に優秀な医師だった。人間としても、な。苛つくほどに欠点のない、できた奴だった。いつも優しく微笑んでいて」
彼は苦い顔立ちで吐き捨てた。散々に貶したいのに、貶す部分がないからだろうか。
その後彼は、少し後に苦味を濃くした笑みを浮かべた。その表情が笑顔なのは、かつて自分が慕っていた相手だからだろうか。
「頭の螺子が何本か吹っ飛んだような奴だったけどな」
それを聞いて、思い出す。先生の狂気に満ちた笑いを。俺まで思わず、苦い顔になった。
「でも、あの子も大事な螺子が何本か抜けていそうだったな」
それを聞いて、耳元にあの時あいつが言った言葉が蘇った。確かに、そうかもしれない。あいつと先生は、愛に狂い、墜ちていったのだろう。
「愛に狂うには、それくらいがちょうどいいのかもしれないですよ」
彼はそれを聞いて「彼らは彼らなりに、幸せだったんだろうな」と呟いた。
きっとそうなんだろう。側から見たら不幸でも、愚かな行為でも、もっと別の愛し方、愛され方があっただろうと思われても。
「でも、いくら幸せでもそんな愛され方はしたくないなあ、俺」
独り言のように言うと、彼も同調するように答えた。
「そうだな、俺もそんな愛し方はしたくない」
互いに軽く笑い合ってから、空を仰いだ。空は、全てを受け入れるように壮大な青さを湛えていた。
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