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1歪み狂った愛の形
「……瀬尾先生、何だよそれ」
俺、大多喜保成 は瀬尾先生に問いかけた。瀬尾先生は携帯の画面を眺めながら、気持ち悪いくらいにこにことしていたからだ。思えば、この問いが全ての始まりだった。
「いや、何でもないよ。ただのプライベートの写真だ」
瀬尾先生は少し珍しく慌てたように手に持った携帯の電源を落とした。俺は違和感を感じたが、そうか、とだけ返しておいた。
俺は瀬尾先生が嫌いだった。いや、憎んでいるという表現が妥当かもしれない。
彼は一流の医大の首席を維持し続け、実技演習で見せた手術の腕前はそこらの外科医に勝るとも劣らないもの、天才外科医として将来を期待され、エリート街道まっしぐらだった。
それを何故かいきなり、進む道を呼吸器内科に変えたのだ。周りは大いに困惑したが、呼吸器内科でも彼は大活躍した。
小さい頃から呼吸器内科を目指し、落ちこぼれなりに必死に努力を重ねて何とか呼吸器内科の医師になった俺を馬鹿にしているとしか思えない。
その上彼は、映画俳優ばりの整った顔立ちにどこか謎めいた雰囲気、決して微笑みを絶やさない温厚で気遣いのできる性格で男女問わず魅了している。
きっと学生時代も友人や女性に苦労したことはないのだろう。ガリ勉とクラスメイトに距離を置かれ、友人にも女性にも苦労を重ねた、努力の量しか取り柄がない俺とは違い。
そんな欠点のない人間がいていいものだろうか。きっとどこかに人間性を疑うような欠落があるに違いない。表向きが完璧な人間ほど、欠点は取り返しがつかないほど大きいものだ。
そう思い医学生時代から、彼の欠点をどうにか見つけてやろうと、どこにいても彼に注意を払っているのだが、一向に欠点が見つからない。
そこに舞い込んできた彼の違和感を感じる行動だ。ここを掘り下げない訳にはいかない。
それから俺は、どうにか瀬尾先生の携帯の中身を覗き見ようとした。
見ていないふりをして横目で見ながら、携帯のパスコードの数字は掴んだので、後は瀬尾先生の目を盗んで携帯の電源を付けるだけだ。
しかしもしかすると、見ていたのは本当にただのプライベート写真かもしれない。そうなればとんだ無駄骨だが、そうではないと俺の勘が訴えかけていた。
もしかしたら不正の証拠でもあるのかもしれない。瀬尾先生は深川代議士の子息とやけに親しいのだ。
『あまり彼の病室に見舞いが来なくて子供なのに退屈だろうから私が代わりに行くんだ』
そう瀬尾先生は問われる度に答え、問うた人間はその人徳に脱帽して納得する。だが、何か裏がある可能性もなくはない。
子を通じて深川代議士に何らかの便宜を図ってもらっている、なんてこともあり得る。
何度か深川代議士の子息と話したことがあるが、彼は非常に無愛想でその癖全てを達観したような態度をとる、勘に障るというのを通り越して少し不気味な少年なのだ。
考えてみれば、好き好んでそんな少年と過ごすだなんて思えない。
そうなるとあの時笑っていたのは、深川代議士から連絡でも来たのだろうか。それとも振り込まれたカネの口座番号でも眺めていたのか。
どちらにしろ、掴んだら瀬尾先生を窮地に追い込める。あの全てに対して余裕ぶった男を転落させられたら、どれほど快感だろうか。それを想像して、思わずほくそ笑んだ。
――しかし、携帯の中には想像を遥かに超えた、恐ろしいものが入っていた。
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