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2歪み狂った愛の形

「何だ……これ」  気付けば、口から言葉が溢れ出していた。それは、声を出さずにはいられないほど不気味なものだったのだ。確かに、それは深川代議士の子息に関係したものだった。  だがその画像フォルダに入っていたものは、一万、二万を優に超える、代議士子息の盗撮写真だった。  それは病室だったり、自宅の部屋らしき場所だったり、果てには学校らしき場所の写真もあった。多忙なはずだがどのように撮っているのだろうか。  病院や自宅は隠しカメラを仕掛けているとして、学校に関してはどう撮ったのか見当もつかない。まさか、誰かに依頼でもしたのだろうか。これではストーカーと変わりない、いやストーカーよりタチが悪いかもしれない。  その上どんなにフォルダを遡っても、自分のプライベートの写真は一枚も存在しない。  その時俺はあることに思い至った。盗撮と並ぶストーカーのとる行動は――盗聴。まさかな、自分の幼稚な想像を笑い飛ばそうと、そう呟きながら半笑いでボイスメモを開いた。  そこにあったのは、日付だけが記された膨大な量の録音だった。震える手でやっとのことでその一つを押すも、流れ出した音はなかった。  少し安心したが、微かに紙が擦れる音が聞こえ、俺は首を捻った。ずっと聞いていてもほとんどその音しか聞こえないので、俺はしばらく飛ばして聞いた。  すると、不意に女性の声が聞こえた。 『失礼します。深川さーん、朝食です』 『はい』  そして物を置くような音などが聞こえ、更に聞いていると食器がぶつかるような音や咀嚼音が聞こえた。それが何か、さすがに思い当たり、総毛立った。――これは、紛れもなく盗聴だ。  それも彼は、誰かと会話している訳でもなく、ただ病室の中で過ごしているだけだった。紙の擦れる音はそう考えると、本を読んでいた音だろう。  そんな、ほぼ無音に近いほどの音すらも保管しておくほど、瀬尾先生は代議士子息に執着していることに、感じたことがないほどの恐怖を感じた。  恐怖と、気味の悪さと、もう一つ何か別の感情に苛まれ、それ以上聞いていられなくて、俺はその録音を止めた。 「――大多喜先生?」  背後でそう声がした。俺は振り向けなかった。背後で足音がしても、なお。瀬尾先生はそのまま俺の手元を覗くと、驚いたように呟いた。 「見たんだ」  手元を見ると、いつ操作したのか画面は画像フォルダになっていた。脂汗が流れるのを感じながら、俺はぎこちなく頷いた。  そうなんだ、と普段と変わらない声色で呟いた瀬尾先生をゆっくり見ると、瀬尾先生はこれも普段通りの微笑みを浮かべていた。それが逆に薄気味悪かった。  やがて瀬尾先生が口を開いた。その言葉を生唾を飲み込んで待っていたが、先生はこう言った。 「可愛いでしょう、凪斗君」  あまりに予想外の言葉で、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。しかし瀬尾先生は意に介さずに俺の手から携帯を取り上げると電源を切り、にこにことしながら語り出した。 「人の携帯を勝手に見るのは感心しないけど、構わないよ。見たものが凪斗君なら。……あの色素の薄い輝くような淡い茶色の柔らかい髪の触り心地を、あの大きくて繊細で悟ったような瞳が輝く瞬間の眩しさを、見かけによらず博識で、でも変なところで子供っぽいその差の可愛さを、自虐的で排他的、でもそれは優しさの裏返しだってことを知ってるかい? 何故神はあのような愛らしく美しい生き物を作ったのだろうね。私は凪斗君は天使の生まれ変わりだと思うんだ。そう思わない、大多喜先生?」 「え? あ、うん」  まくし立てられるその勢いに圧倒され呆然としていると、急に自分の名前が出たので、訳も分からず肯定した。すると瀬尾先生は満足気な色を浮かべ、でしょう、と言った。  しかし彼はその後すぐ、不自然なほどに口元を吊り上げた。その瞳は底知れぬ闇を包容しているようだった。 「でも好きにはならないでくれよ? 私以外に凪斗君を想う人がいたら、殺してしまうかもしれないから」

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