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第33話

「腹減ったから、勝手に食ってるぞ」  リビングに戻ると、昨日美鈴がホールで持ってきたアップルパイの箱を唯人が抱えていた。  中身はもう四分の一ほどしか残ってない。 「これ美味いな」 「良かったら、全部食っていいぞ」 「マジで。やった」  そう言うと唯人は残りの一切れにかぶりついた。  俺はコーヒーを淹れて飲みながら、唯人がアップルパイをたいらげるのをぼんやりと見つめていた。  もし唯人が居なかったら、俺は到底そのパイを食べる気になんてなれずに、捨てていただろう。 「ありがとう」  気がついたらそう口にしていた。  唯人が不思議そうな顔で俺を見る。 「いや、あんまり食欲なかったからさ。代わりに食べてもらえてよかったと思って」 「食欲、ないのか?」  顔を上げると、心配そうにこちらを見る唯人と目が合う。 「退院したばかりだもんな。何か食べられそうな物、俺、買ってくるよ」 「別に大丈夫だって。大学に行く途中でコンビニ寄って、おにぎりでも買うし」 「大学なんて休んじまえよ」 「いや、本当に平気」  納得はしていないようだったが、唯人はそれ以上、休めとは言わなかった。  大学にむかう途中、唯人が自然と俺の手を取り、指を絡めてくる。 「おい。何してんだよ」  俺が手を離そうとすると、唯人が繋いでいる手に力をこめた。 「別にこれくらいいいだろ?どうせ大学行ったら、和希がオメガになって番ができたこと、みんなに知られちまうんだ」  俺はごくりと唾を飲んだ。  分かっていたことだったが、改めて言葉にされると、体が竦み、大学にむかう足が重くなった。  今まで仲良くしていた友達の態度まで変わってしまうのだろうか。  私が婚約したのはオメガの和希じゃない。  美鈴の言葉が頭に浮かび、打ち消す様に俺はぎゅっと目を閉じた。 「無理して大学に行く必要なんてないんだぜ」  労わる様な唯人の声が頭上から降ってくる。

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