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第35話

「ええ。でも恵一。酷くない?久我山君。唯人が優しいから、わざとヒート起こして、番にしてもらおうだなんて……」  媚びを含んだ声で話す少女の言葉を聞くと、春日が大声で笑いだした。 「唯人が優しいだって?あいつは昔から自分のことしか考えてないよ」  春日は少女を射貫くようにまっすぐ見つめた。 「狙ってた唯人に番ができて悔しいのは分かるけど、それくらいにしといたら?百年付き纏ったって、あんたじゃ唯人の番になんてなれやしないよ」  女の子は顔を真っ赤にすると、大きな音をたてて席を立った。  肩を怒らせながら、食堂から出ていく。  俺は息を吐くと、隣の春日を見つめた。  助けてもらった礼を言うべきなのだろうか。 「何?」 「いや、春日って意外と毒舌なんだなあって」  そう返すと、春日がくすりと笑う。  肩まで伸ばした髪に、綺麗な顔立ちの春日は男性のアルファだったが、中性的な雰囲気がある。 「毒舌って。久我山もあれくらい言い返せるようにならないとダメだよ。仮にも唯人の番なんだからさ」 「ああ、確かにそうかもな」  オメガ、特に女子のオメガはか弱く、守ってやらないとと考えてきた俺にはハードルの高い提案だった。  そもそもオメガに喧嘩を売られた経験など今まで一度もない。 「おいっ。恵一。そこどけよ」  考え事をしていると、いつの間にかおぼんを片手に持った唯人が立っていた。  春日は肩を竦めると立ち上がる。 「何話してたんだよ」 「別に。単なる自己紹介。じゃあ、またね。久我山」  そう言って春日は食堂を出て行ってしまった。  春日が座っていた席に、唯人が腰掛ける。 「あいつ何か変なこと言ってなかったか?」  唯人の問いに俺は首を傾げた。 「変なことって?」 「いや、何でもない。うどん伸びちまうぜ。食おう」  唯人は割り箸を手に取ると自分用に購入したラーメンをすすり始めた。  俺は周りからの視線を気にしつつ、うどんを食べ始めた。

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