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第1話 コーヒーの美味しい喫茶店で……

 なんだ、こいつ――。  さっきから、一体何なんなんだ。  俺の目の前で、ふんぞり返って偉そうに座りやがって。  異様に整った面《つら》が、余計に腹が立つ。  マスターの美味しいコーヒーが台無しだぜ。 「だからさぁ。苗字だよ。みょ・う・じ。聞こえてんの?」  くっそムカつく野郎だ。  もちろん、ちゃんと聞こえている。俺は、あんたの質問に答える必要がないと思って黙ってんだよ。気付けよ、ボケ。  つーか、人に名前を尋ねる時はまず自分からって、学ばなかったのかよ。   そう言い返してやろうと思った。  思った……んだけどね。 「く、来栖《くるす》……です」 「は? クリス? なに、お前。外人なの?」 「く、る、す、ですっ!」  クリス!? この顔がクリスっぽいかよ。超日本人顔だろーがよ。  わかった。こいつわざとだ。わざと面白がって言ってやがるな。  滑舌悪くないもん、俺!  耳悪ぃのはあんたの方じゃねーか。  今度こそ、そう言い返してやろうと思った。  思った……んだけどね。 「……」 「んじゃ、下は?」  下? 俺の名前? なんで聞く? 「カ、カズトです……けど?」 (————うおおおっ。なんで素直に答えてんだよ、俺はぁ!)  頭を抱えて仰け反る自分の姿が脳内に浮かんだ。 「へぇ。どういう字、書くの?」 「げっ!?」 「げ?」 「あ、いや……えっと、漢字の一に人って、書くん、です」  一人とかいて、カズト。俺の名前。嫌いなんだよなぁ。なんでこんなDQNな名前つけちゃうかな、俺の親ってば。しかも一人なんて、寂しいやつですって言ってるみたいじゃないか。  文句の一つでも言ってやりたい。  言えるなら……だけど。 「ふーん、なんか、へんな名前だな。ぶははっ」 「っ!?」  爆笑しやがった、こいつ。人の名前を聞いて、上体まで反らして、ゲラゲラと。  イケメンが下品に笑うと余計ムカつくぜ。 「まぁ、でも、一度聞いたら忘れられなくていいんじゃね?」  男は笑いすぎて目尻にできた涙を拭うと、フッと笑った。 (————うわぁ)  この笑み! これは、コロっといってしまう女性はいそうだ。  男の俺でも今、ちょっと「ほわん」ってなったもの。  さっきから正面でまじまじと見てるけど、こいつはさぞやモテるだろうなぁ。  性格の悪さも、全て顔でカバーできるタイプ。「ただしイケメンに限る」の無敵装備がディフォルトで備わっているってやつだ。 (なんて……なに冷静に分析してんだ俺は、アホか)  俺は昔からそうだ。思ったことをすぐ言い返せない。  後になって、ああいえばよかった、こうすればよかったって思うけど、そのときはもう手遅れだ。後の祭りというやつだ。  そもそも、俺が、「何で」「今」こうしてコイツと一緒にいるのか。それさえも、自分の不甲斐ない性格がもたらした結果として、俺は自分自身を責めることしかできないでいる。 「お前の名前。カズトって言ったっけ」 「はい?」  顔を上げて男に視線を合わせた。見ればみるほど端整な顔立ちだ。  さっきまでは気づかなかったが、目の色がグレーなんだな。少しブルーも入っている。ブルーグレーの瞳か————。黒い髪にうまく溶け込んで、まるで深海に差し込んだわずかな光をみるようだ。  ぼーっと見つめていると「なにみてんだよ」ってな感じで男の眉根が寄った。  やばっ。じっとみすぎたか。  ってか、なんでこいつは目線を逸らさない?   俺はすでに、男から目をそらしているが、男の方はまだ自分を見つめているのがわかる。痛いほどの視線を感じる。  俺は、ギギギっと油を失った機械人形のように首を戻した。 「!?」  男は、肘をついて、まるで映画鑑賞でもするように顔を寄せて俺を眺めていた。 「あ、あのっ。ちょ、ちょっと……近いし」じっと見過ぎじゃないのか。と言おうとしたが言えず、「お、俺の顔に……なんか、付いてます?」と頬を引きつらせた。 「いや。可愛いなぁ、と思って」 「……へ?」  な、なんだ? そんな恥ずかしいセリフをよくもまぁ。  もしやあんた生まれつきのプレイボーイですかって、いやいや、そこじゃないだろ。俺が気にするべきはそこじゃない! 「あの……」 「お前。女みてぇな面《つら》してるよなぁ? もしかして女? そんな喉仏張った女いねーか。性転換した? あ、わかった。これが『男の娘《こ》』ってやつか!」 (きさまぁあああああ!)  全身に怒りの炎が宿った。心拍数が一気に加速し、体の中の血液が煮えたぎり、毛穴から全部吹き出そうだ。  ————お前は言ってはいけない台詞をいってしまった。  女みたいってのは俺の最大のタブーだ。  お前は俺の、滅多に引かないトリガーに指をかけさせた。  さすがにこれ以上、黙っていられない。よし、一言がつんと言ってやるぞ。 「おい、お前! さっきから聞いてれば……」 「なぁ、カズト。聞きたいことあんだけどさ」 「!?」  ————い、いきなり呼び捨てかよ!   せっかくここまで言葉が出掛かってたのに、驚いて思わず何を言うか忘れちゃったじゃないかぁ。ちきしょう! なんでだよ。何で俺はこう、いつもタイミングが悪いんだ。  あー。自分が情けなくて一気に怒りが冷めていく。ううう。 「……へいへい。なんでございましょう。なんでも聞いて下さいよ、もう。どうでもいい」  好きにしろ。答えたら俺は家に帰る。そして、お前のことを忘れるんだ。 「なんか、投げやりっぽいが、まぁ、いいか。ボッキって知ってる?」 「は???」

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