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 学園は正門が南側に設置されている。それ以外の敷地は城門のような壁にぐるりと覆われていた。東塔の裏手――壁と建物に挟まれ、他から死角になる空間である。  セシルがそこに向かうと、壁にもたれてティハが待ち構えていた。  彼の手に自分のペンダントが握られているのを見て、セシルは息を呑んだ。 「よう……遅かったな」  セシルの引きつった顔をティハは満足そうに見返した。  手の中のペンダントを乱雑に上に放っている。  セシルは束の間、言うべき言葉を探して――結局は素直にお願いすることしかできなかった。 「ティハ。それはやめてくれ。それだけは……。大事な物なんだ。それは母様の形見だから」  少年の真摯な願いを、ティハは嘲笑う。 「ふはっ、何だよそれ。母親大好き(マザコン)ってやつか? そういや、俺、こんな噂を聞いたことがあるぜ。あんたと、あんたの兄さん――エルム・バルトは同い年だよな。双子でもないのに同年齢って変な話だ。でも、それも当然だよな。あんたとエルムは、腹違いの兄弟だもんな」  セシルは堪えきれずに面を伏せた。少年が告げる言葉が澱のように胸底に沈殿していく。 「あんたの父親、マルクス・バルトが本妻との間に設けたのがエルムだ。そして――あんたはその数か月後、どこぞの馬の骨とも知れない使用人の腹から産まれた。ああ、だからか。エルムの方はあんなに優秀なのに、その弟がどうしてこんなに能無しなのか……。そりゃ、いくら優秀な種でも、それを植えられた畑の方が腐ってたら、まともな芽が育つわけがねえよな」 「……黙れ……」  真綿で首を絞められているようだと思った。呼吸が苦しくなって、声がかすれてしまう。  セシルの表情が曇っていくのとは対照的に、ティハは愉悦に瞳を輝かせる。  より高くペンダントを放った。 「おっと。手が滑っちまった」  わざとらしい口調で言う。空中でつかみ損ねて、ペンダントが地面へと落ちる。  セシルは弾かれたように駆け出した。だが、妖精のリリが笑いながら腕を振るう。一陣の風が吹き抜け、少年の体を突き飛ばす。セシルはしりもちをついた。  ハッとして顔を上げた、その瞬間。  ティハの足がペンダントを踏み抜いた。外枠が砕け散る音が響く。 「おっと……足も滑っちまった」  セシルの顔を見て、ティハはせせら笑う。そして、見せつけるように靴底で破片を踏みつぶした。  セシルはもう言葉もない。指先が冷たくなっていく。その冷たさが全身に浸透していって、心臓までも凍り付いてしまいそうだった。  追い打ちをかけるように、ティハは大きく足を踏み下ろした。ぱきん、と破片が砕ける音が空虚に聞こえてくる。 「セシル・バルト。お前がどうして『能無し』なのか、俺が教えてやろうか? それはな、お前の母親のせいさ。使用人の分際で屋敷の主人を誘惑した、品も知性もない売女。お前の大好きなお母様のせいで、お前は魔術が使えないんだ」  セシルは唇を引き結んで立ち上がった。  無言でティハとの距離をつめる。 「どうした? 全部、本当のことだから、言い返すことも――」  言葉が途中で途切れた。  代わりに肌を打つ音が響く。  セシルが振り下ろした平手が、ティハの頬を打ったのだった。 「……取り消せ」  怒りに瞳を燃え上がらせながら、セシルはティハを睨み付ける。 「僕のことはいくら馬鹿にしてもいい。だけど、母様を侮辱する言葉だけは許さない! 今、言ったこと……全部、取り消せ!」 「殴りやがったな……」  頬をこすり、ティハは挑発的に眉を上げた。  右手にはめていた手袋を外し、セシルへと投げつけた。 「てめえのこと、前から気に食わなかったんだよ! その澄ました面、ぶちのめしてやる!」  射殺すほどの視線で睨まれるが、セシルは真正面から受けとめた。ティハの手袋をキャッチする。  手袋を相手に投げつける行為――それは決闘の挑戦状だ。その手袋を拾うことで決闘に同意したということになる。 「――受けて立つ」  セシルはティハの手袋を握りしめ、堂々と応えた。

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