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「やめとけ」  開口一番にレヴィンは言った。  ティハとの決闘の件を聞いての見解だった。 「ティハって言ったか? 確かにいけ好かねえガキだ。だが、戦闘訓練の時のあいつを見ていてわかった。あいつは強い。あんたが適う相手じゃない」  セシルは黙ってその言葉を聞く。  寮での自室である。決闘の開始はこの後――夕刻時だ。  学生同士の決闘は校則で禁止されている。だが、幸か不幸か、今日の夕刻からは教師陣が会議をする予定となっている。そのため、教師に決闘を止められるという心配はなかった。  淡々と準備を続けるセシルを、レヴィンは呆れたように見やる。今は狼から人間の姿になっている。 「俺は手を貸したりしないぜ?」 「わかっている。お前は、僕の妖魔(ジン)ではないからな……」  セシルは制服から私服に着替えていた。  その上から魔術師用のマントを身につける。 「1つ聞きたい」  マントの前留めをかけながら、セシルは口を開いた。 「通常、妖魔は主人が死ねば、天上世界(アスガルド)に帰る。だが、お前は僕と契約しているわけじゃない。その場合はどうなる?」 「何を言っている……」 「お前は……ちゃんと元の世界に帰れるのか?」  レヴィンが目を見開く。  束の間、言葉を失ってから――声を荒らげた。 「そんなことを心配している場合か!? 俺のことはどうでもいいだろ!」  セシルは黙って、右手に手袋をはめる。  と、レヴィンがその腕をつかんだ。 「何でそうまでする。諦めろ。あんたじゃ、絶対に勝てない」 「……あいつは、僕のことを母親大好き(マザコン)だって、馬鹿にした」  セシルは静かな声で告げる。  冷静になろうとしたが、その事実を話すということは心が痛む。声が少しだけ震えてしまう。 「でも……僕は母様の顔を知らないんだ。僕を産んだ後、すぐに亡くなったと聞いている」 「ますますわからねえよ……。顔も知らない母親のために、何でそこまでする」 「『マルクスのように立派な魔術師になって欲しい』僕を産んだ時に、母様が言っていたらしい」  セシルはゆっくりとレヴィンの手を外した。  決意を固めた瞳で青年の顔を見返す。 「僕に期待してくれたのは、母様だけなんだ。父様も、兄さんも、使用人たちも、僕には冷たかった。あの屋敷で僕は厄介者扱いだった。誰も僕に期待なんてしてくれなかった……。だから、僕に期待してくれたのは……僕を愛してくれたのは、母様だけなんだ」  少年はマントを翻して、扉へと向かう。 「僕はその期待に応えることだけを目標に、今までがんばってきた。だから、この決闘だけは譲れない。その結果、命を落とすことになったとしても」  唖然としているレヴィンを残し、セシルは部屋を後にした。  決闘場は西塔と南門に挟まれた『スルーズルの広場』だ。

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