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 午前の授業が終わり、セシルは食堂を訪れていた。  『魔術師の塔』の食堂は本塔の1階に位置する。面積の広さもさることながら、1階部分は天井が高く設計されており、開放感のある空間となっていた。学生はもちろん教師陣も集まり、賑わいを見せている。  様々な料理が大皿に盛りつけられて並んでいる。食事はビュッフェ形式となっているのだ。  セシルは自分のトレーに2種類の料理を取り分けた。ナッツの入ったパン、トマトをオリーブオイルで炒め、トウガラシ、マテ貝、野菜と煮込んだスープだ。  すると、レヴィンが周囲の雑音にまぎれ、声を出す。 「小食だなあ。もっと肉を付けろ、肉を」 「余計なお世話だ。食べ過ぎると午後の授業で眠くなってしまうだろ」  そんなやりとりをしながら、セシルは壁際のテーブルに着いた。  レヴィンが小走りでやって来て、椅子の隣におすわりする。 「レヴィン、お前はいつも何も食べないな」 「妖魔(ジン)は食事を必要としないだろ」 「そうだけど……」  妖魔の体は4元素で構成されている。食事の代わりに、定期的に4元素を摂取することで生命を維持しているのだ。例えば【サラマンダー】は火を食べ、【シルフィード】は風をとりこむ。  しかし、セシルはこの妖魔が変わり者であることに気付いていた。レヴィンは他の妖魔と比べると奇妙な点がいくつかある。だから、人間と同じように食事をし出してもおかしくないと思っていたのだった。  天上の神々に祈りを捧げると、セシルは食事を開始した。椅子の横ではレヴィンが伏せをして、尻尾をパタパタと振っている。退屈そうに食堂を見渡していた。  すぐ近くの席からは男子学生がはしゃぐ声が聞こえてくる。どのテーブルでも友人同士で固まって、楽しそうに食事をとっていた。 「それでよ、こいつが錬金術の授業中に何をやらかしたと思う?」 「おい、やめろって! 人の失敗を話のネタにすんな!」 「どかーんってな! もうすげー大爆発だったんだぜ。ありゃすごかったよなあ」 「あははは、また爆発起こしやがったのか、お前!」  聞くつもりはないのに、会話が耳に入ってしまう。  セシルはトマトスープをすくって、口に含んだ。野菜がくたくたになるまで煮込まれたスープ。トマトの酸味に、トウガラシの辛み、貝の出汁が絶妙に混ざり合う。美味しいはずなのにいつもより味気なく感じた。  周りを気にするのはやめようと思った。誰もが友人と一緒にいるように見えて、1人きりなのは自分だけだという気持ちになってしまう。  セシルが黙々と食事をとっていると。 「ここ、座ってもいいですか?」  声をかけられる。セシルはその相手を認め、ふわりとほほ笑んだ。 「フェルナンド先生」  教師のジャン・フェルナンドだ。  セシルが「どうぞ」と勧めると、彼は対面の席に着く。 「妖魔(ジン)と無事に契約できたようですね」 「ええ……はい」 「君の妖魔は【ダイアウルフ】でしたか。小さくなっているととてもかわいらしいですね」 「見た目は……まあ……」  でも、性格は全然かわいくないんです、先生。と、セシルは内心で付け加えた。  心の声が聞こえたのか、レヴィンがむっとしたようにしっぽを振り、セシルの足を叩く。  セシルは気にせず、フェルナンドと会話を続けた。 「僕、先生の妖魔も好きですよ」 「それは光栄です」  にこりと笑うフェルナンド。その隣にふよふよと浮いているのは、火トカゲの【サラマンダー】だった。  ぷっくりと丸いトカゲのような姿だ。全身が燃えるように赤い。見た目はドラゴンに近いが、【サラマンダー】は人化ができず、分類はフェアリータイプである。  セシルに褒められた【サラマンダー】は得意気に胸を張る。 「ふむ。見る目があるようじゃの。小童」  言葉と共に、口からはちろちろと炎が吹き出る。見た目はかわいらしいのに、口調と声は重厚だった。  セシルはそのギャップをほほ笑ましく思い、くすりと笑った。  フェルナンドが呆れたように【サラマンダー】を見やる。 「君はいつも上から目線と言いますか……偉そうな口を聞きますね」 「ふん。我ら千年も生きる妖魔からすれば、人間なぞ小童も同然じゃわい。当然お主もじゃ、ジャン」 「これは手厳しいですね」  と、苦笑するフェルナンド。2人のやりとりがおかしくて、セシルは「ふふっ」と笑った。  フェルナンドはセシルのトレーを覗きこんで、目を丸くする。 「セシルくん。昼食、それだけですか?」 「はい。たくさん食べると眠くなってしまうので」 「その心がけは素晴らしいですが、それでは体力が持ちませんよ。もっと食べた方がいい」  と、自分の皿からローストチキンを切り分け、セシルの皿に乗せる。 「そんな……先生。悪いです」 「成長期なんですから。君が倒れたりしたら心配です」  フェルナンドは真剣な表情でセシルを見つめる。セシルの身を案じてくれることがわかる眼差しだ。  セシルは逡巡してから、素直に頷いた。 「はい……もう少し食べるようにします。ありがとうございます」  すると、唐突に脚に痛みが走る。 「いたっ」  見れば、机の下でレヴィンが脚に噛みついていた。 「こら! いきなり何なんだ、お前」 「どうしました?」 「いえ、その……何でもないです」  と、フェルナンドには取り繕った笑みを返してから。  セシルは机の下を睨みつける。レヴィンはおもしろくなさそうに「ふん!」と顔を背けた。

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