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「……なあ」  レヴィンが不機嫌そうに切り出したのは、数日後の夜のことだった。  セシルは自室で教科書と向き合っていた。 「これで3日連続だな」 「何がだ」  と、セシルは教科書に目を通すのに忙しく、気のない返事をする。 「フェルナンドって奴と、食堂でばったりと会う回数」 「フェルナンド『先生』だ」  先生の名前が出たので、セシルは振り返った。  レヴィンは人間の姿となって、セシルのベッドに腰かけている。その眼差しが真剣な物だったので、セシルも教科書を閉じて、向き直った。 「あいつ、やたらとあんたのことを気にかけてるよな」 「確かに先生は前から僕に優しくしてくれる」 「食堂で3回。廊下で4回――この3日間で出くわした回数だ。おかしいだろ?」 「……何が言いたい?」  レヴィンは目つきを鋭くして、 「あいつ、偶然を装って、あんたに会いに来てるんだよ」  セシルは言葉につまった。  それは少年自身、前から感じていたことである。 「……先生は優しいから。僕が周りとなじめていないことを知って、気にかけてくれているんだと思う」 「他の生徒が文句言ってたぜ。フェルナンドはあんたのことをひいきばっかりするってな」 「ちゃんと『先生』を付けろ。そう言われているのは知っている。でも、先生にそのつもりはないと思う……」 「あんたが周りから反感を買っちまうのは、その『ひいき』のせいかもしれないのに?」  レヴィンはずけずけと物を言う。  正論のはずなのに、今はセシルの胸をちくりと刺してくる。 「先生を悪く言うのはやめてくれ」 「フェルナンドは……」 「先生」 「あー。わかったよ。先生。先生な。フェルナンド先生は、あんたを特別扱いしているよな。その理由がわかるか?」  セシルは押し黙った。  束の間の沈黙を経てから、小さな声で答える。 「…………僕のことを憐れに思って、気にかけてくれてる」 「本当にそれだけか?」 「だから、さっきから何が言いたい!」  レヴィンが言葉を紡ぐたびに、ぐさぐさと胸を突き刺されて、セシルは焦った。そして、その焦りが苛立ちに変わってしまう。  しかし、レヴィンは少年が声を荒らげても動じずに、真摯な視線でこちらを射抜いた。 「じゃあ、はっきり言わせてもらうけどな。あんた、狙われてんだよ。あの変態教師に」 「へ……変態!? 先生が変態だって……!? 先生は奥さんだっているんだぞ。僕のことを、その、どうこうなんて……ありえない。先生を侮辱することを言うな」 「事実だよ。こないだもいやらしい目であんたのことを見ていたぜ」 「教師が学生をそんな目で見るはずがないだろ。お前じゃあるまいし」 「あ? 誰がいつそんな目で見た?」 「白を切るつもりか! 先日、僕のし……っ、尻をじろじろと変な目で見ていたじゃないか!」 「ありゃ事実の確認というか……とにかく、そういう意図はねえよ! だいたいなあ、あんたみたいな乳臭いガキは、俺の好みの範囲外だ」 「なっ……」  セシルは顔を赤くした。なぜかレヴィンにそう言い切られるのは腹立たしい。 「僕の着換えだってよく覗こうとするじゃないか!」 「部屋が1つしかねえんだから、仕方ないだろ!」 「更衣室でも!」 「着替えるなんて知らなかったんだよ! あんたの体になんて興味ない。色気が欠片もなくて、まるでそそられねえんだよ」 「この……! とにかく、僕の話はいい! 先生のことだ」 「あいつはあんたを性的な目で見ている。それは間違いない」 「ちがう! 先生はそんな人じゃない! これ以上、先生のことを悪く言うのなら、いくらお前であっても許さない」 「どうするっていうんだ?」 「それは……!」  セシルは震えながら言った。これ以上は駄目だ、口をつぐめと、冷静な自分が心の中で告げる。  だけど、カッと熱くなった頭がそれを無視した。 「お前は……誰でもいいんだろう! 僕に付き合うのは暇つぶしだと言っていたもんな。面白半分で僕のことを引っかき回すのはやめてくれ」 「……何だと?」  レヴィンは憤慨したように窓際へと行く。窓を開けると、体を子狼に変化させて跳び乗った。 「どこに行く?」 「お望み通りにしてやるよ。もうこれ以上、あんたに関わらない」  セシルは言葉につまった。本当はショックだったが、自分の発言が原因である。それを引き留める権利がない。  レヴィンはふんと顔を背けると、窓から外に飛び出していく。 (って、そういえばここは5階……)  セシルは我に返って、窓際へと駆け寄る。  外を覗くと、辺りは濃い宵闇の中に沈んでいる。どこを見渡しても、銀狼の姿を見つけることはできなかった。  ――その日から、レヴィンはセシルの部屋に帰ってこなくなった。

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