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 セシルはまたもや学校で嘲笑の的となった。  妖魔(ジン)を連れていないからだ。妖魔は魔術師のしもべである。それを従えることができないのは、魔術師が未熟だからと言うのが魔術師界の認識だった。  学生たちは1人で過ごすセシルを見て、くすくすと笑う。教師陣はセシルを呆れたように見やり、小言を言って来る者までいた。  レヴィンの行方はわからない。あの日から姿を消してしまった。  言い過ぎたとセシルは反省した。フェルナンドのことを悪く言われ、ついつい熱くなってしまった。レヴィンはセシルと契約しているわけでもないのに、学校生活に付き合ってくれていた。彼に感謝こそすれ、それを咎めるなんて絶対にやってはいけないことだった。その点は自分が悪かったと思う。  でも、セシルはレヴィンの言うことを信じたくはなかった。 (ちがう。先生は、そんな人じゃない……)  と、自分に言い聞かせるように、胸中で何度もくり返した。  針のむしろのような授業時間を過ごし、昼休みとなった。  セシルは食堂を訪れていた。足元をちょこちょこと歩く子狼の姿がないと、こんなに寂しいものなのかとセシルは思った。  いつの間にかそばにいるのが当たり前になっていた。口は悪いし、うるさいところには辟易としていたけれど……それでも今はあの銀色の毛並みが無性に恋しかった。  食欲が湧かない。迷った末にセシルがトレーに取り分けたのは、小さなスコーン1つだけだった。  席に着いて、食事と向かい合う。食べる気になれず、セシルはため息ばかり零した。 「セシルくん……どうしましたか?」  顔を上げると、そこにはフェルナンドの姿があった。 「……先生」  セシルは曖昧な表情を浮かべた。  フェルナンドのことを信じたい。だけど、今は心の中がぐちゃぐちゃで、できれば会いたくないと思っていたのだった。 「顔色が悪いですね。体調が優れないのですか?」 「いえ……大丈夫です」  セシルは首を振るが、フェルナンドは心配そうな面持ちを浮かべる。 「お水を持って来ましょう。少し待っていてください」  と、フェルナンドが去ったので、セシルは内心でホッとした。  対面にはフェルナンドの妖魔(ジン)である【サラマンダー】がぷかぷかと浮かんでいる。 「……シャルールさん」 「何じゃ。小童よ」  尊大な態度でセシルと向き合う、【サラマンダー】シャルール。  セシルは逡巡してから、尋ねた。 「シャルールさんは……先生と仲がいいんですか?」 「ふん……いいわけがなかろう」  と、鼻を鳴らす。 「あ奴はしっかりしてるように見えて、抜けているところがある。我が補佐してやらねばな。故に、仕方なく付き合ってやっておる」  ごちゃごちゃと言っているが、そこにはフェルナンドへの信頼が見え隠れする。  セシルは笑みを零した。 「先生のこと……いい主人だと思う?」 「ふむ。なかなか難解な質問じゃの」  と、シャルールは短い足で腕を組む動作をする。 「それを語るにはまず、『いい主人』の定義は何かということについて、議論せねばならん。例えば、人間の奴隷にとっての『いい主人』とは衣食住、及び安全の保証といった項目が重要となる。だが、我ら妖魔は生命の維持は自身でできる故、その点は重視せん。となると、妖魔にとっての『いい主人』とは何ぞやという話になり――」 「――シャルール」  鋭い声が割って入る。  戻って来たフェルナンドが険しい表情を浮かべていた。 「セシルくんに余計なことを言っていないでしょうね」 「ちょいと講釈を垂れておっただけじゃ」 「セシルくん。すみません。シャルールは話し始めると長いので、無視してください」 「何を! まだ話が途中であるぞ!」  2人のやりとりを見て、セシルは吹き出した。 「僕、シャルールさんのお話、もっと聞きたいです」 「ほれ見ろ! 小童の方がよほど道理を理解しておる」 「セシルくん……本当にいいんですか? お昼休みがつぶれてしまいますよ」  フェルナンドとシャルールは何だかんだで上手くやっているようだった。 (先生は妖魔(ジン)にも信頼されている……。レヴィンは少し勘違いしただけだ。きっとそうだ)  と、セシルは自分に言い聞かせるのだった。

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