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 セシルは他人に触れられることが苦手だった。ましてや昨夜、あんなことがあった直後だ。嫌悪感を覚えても当然のはずだった。  だが――セシルは動けなかった。心臓が止まりそうになった。 「それはちがう。俺がいる」  重なり合った胸が互いの鼓動を伝え合う。どくどくと全身を駆けめぐって、セシルは熱くなった。でもそれはまったく嫌な感じの熱ではなかった。  怖くないのは、相手がレヴィンだから。一晩中、少年に寄り添ってくれた狼が人化した姿だと知っているから。  それ以上に彼の手は温かくて、優しかった。セシルは誰かからこんなに優しく触れられたことなんてない。少年が知っている手は怖くて、痛いもので、もしくはセシルを冷たく突き放すだけのものだった。  セシルは硬直したままだった。全身が痺れたようになり、じんと熱が灯る。  心臓が喜びにあふれ、打ち震えようとして――すぐに事実を否定した。こんな都合のいいことが起こるわけがない。誰かから優しくしてもらえるほど、自分に価値があるわけがない。  幼い頃、病気で寝こんでいる時に誰かが手を握ってくれる夢を見た日のように。また夢でも見ているのかと思った。  嬉しさと、熱さと、疑心の狭間で。セシルがすっかり困惑していると。  レヴィンが耳元で告げる。 「これからは俺があんたの味方になる。世界中が敵だったとしても、俺だけはあんたにつく」  本当に……?  セシルは胸の中で呟いた。  本当に……信じてもいいのだろうか。  誰からも疎まれて、何もできない落ちこぼれで、それなのに優しくされたいと図々しくも求めてしまう――そんな自分に、そんなことを言ってもらえる価値があるのだろうか。 「だって……僕はまともに術が使えないんだ……」 「知っている」 「みんな……僕を疎ましく思っている。学校のみんなも、家族でさえも……」 「俺はそうは思わない」  と、レヴィンが手に力をこめて、更に強くセシルを抱きすくめた。息もできないほどに強く。  セシルはレヴィンの肩に額をくっつけて、ぼろぼろと涙を零す。つらかった思いをすべて吐き出すように嗚咽を漏らした。  そんな少年のことを、レヴィンは優しく体と言葉で包みこんだ。 「俺はあんたに誓いたい。セシル、あんたと主従の契約を結ばせてくれ」 「僕で……僕なんかでいいのか……?」 「言っただろう。俺はあんたの気概に惚れこんでいる。あんたがいいんだよ。セシル。手を」  夢見心地のままに、セシルは手を差し出す。その手に青年が手を重ねた。 「≪我、汝のしもべとなりて、いついかなる時も汝の身を守ることを誓う≫」  レヴィンが唱えると、お互いの手に光が灯る。  それをセシルは不思議な気持ちで見つめていた。自分が知っている妖魔(ジン)との契約方式とちがう。妖魔との契約は魔術師が呪文を唱え、具体的な契約内容については「盟約」の一言で省略され、改めて確認されることはない。  だが、レヴィンは契約の内容を具体的に口にした。  『いついかなる時も――』  それはまるで婚姻の誓いのようで、セシルは頬を染める。自分の右手に視線を落とした。レヴィンの手の温もりがまだ残っているようでこそばゆい。  セシルはその手をぎゅっと自分の胸元に抱きしめた。 「契約を結んだからには、俺の正体を明かしておかないとな」 「そういえば……お前はほんとうは【ダイアウルフ】ではないんだったな……」 「じゃ、改めて自己紹介といこうか」  と、レヴィンはセシルと向かい合う。 「『狡知神(こうちしん)』【ロキ】の子。アース神族にその名を連ねる魔狼――【フェンリル】だ」 「なっ……」  セシルは愕然として、 「神様だったのか、お前!?」 「若年者だけどな」  レヴィンはにやりと笑って応える。  セシルは理解が追いつかない。 (ぼ……僕、神様と契約を……!?)  あまりのことに少年がすっかりと目を回していると。  【フェンリル】は胸に手を当てる。それは丁寧なライナルトの仕草と比べれば、荒々しいものではあったけれど。 「これからよろしくな――ご主人様」  セシルの妖魔(ジン)――否、神獣は、主人に敬意を示すように告げた。

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