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 掌から迸る光。  それがレヴィンの体を包みこんだ。指先がレヴィンの毛並みに触れた、その瞬間。  温もりが腕の中に飛びこんでくる。セシルはそれを無我夢中で抱きしめた。  気が付いた時には地面に転がっている。全身を打ち付けたはずなのに、痛みをまるで感じなかった。体中の血が沸き立って熱くなる。その熱さが飽和して、目元からあふれ出した。  セシルは涙を流しながら、腕の中のものを抱きしめる。 「ありがとう。レヴィン……お前がいてくれたからできた。僕にもできたんだ……」  今まで一度も成功したことがなかった。  だから、「能無し」だと皆に蔑まれていた。  そんな少年の前に現れた1匹の銀狼は――。  初めて少年のことを褒めてくれた。初めて自分の味方になってくれた。落ちこぼれじゃないと認めてくれた。誰からも愛されていないと思いこんでいた少年に愛を教えてくれた。そして、実の母親とも会わせてくれた。  生きる希望も、楽しい毎日も、家族との絆も。  全部、全部――  抱えきれないほどの多くのものを与えてくれた。  かけがえのない大切な存在を強く抱きしめる。  セシルの腕の中では、子狼サイズとなったレヴィンが暴れていた。正気をとり戻してはいないが、セシルを傷つけることはできないらしく、噛みついたり爪を立てたりすることはない。手足を振って抵抗するだけだ。  それでもこうして抱きしめることができた。自分の元に戻ってくてくれた。そのことが嬉しくて、セシルは小さな狼をしっかりと胸に抱き寄せる。 「そのお方を返せ」  鋭い声が飛んでくる。  セシルは妖魔に囲まれていた。妖魔は殺気だった目でセシルのことを睨み付けている。 「我ら妖魔は革命を起こす。人間に支配される時代を終わらせる」 「そのためにそのお方は必要となる」  後ずさろうとするが、後ろ側にも妖魔の壁ができている。「返せ」「返せ」妖魔はうめきながら、セシルへと詰め寄ってくる。  セシルはひるまずに妖魔たちと向かい合った。 「レヴィンは渡さない。レヴィンはお前たちが戦うための道具じゃない」  辺りの空気が重みを増した。妖魔は静かに怒気を奮い立たせる。 「返さぬと言うのなら」 「力づくで取り戻すまで」  今までたくさんレヴィンに守ってもらった。  だから、今度は僕の番だとセシルは思った。  レヴィンの体を腕の中に抱きこむ。絶対に守り抜いてみせると――その意志をもって。  妖魔が低い声を上げながら、セシルに跳びかかろうとする。 「セシル!」  頭上から兄たちの叫び声が聞こえる。  セシルはレヴィンの体を抱えこんだ。  頬を伝っていた涙が飛び散る。その一雫が自身の右手に降り注いだ。その時だ。  掌の中が輝き出す。握りしめていた鎖の破片。温かい光を発しながら、レヴィンの体へと吸いこまれていく。  破片がレヴィンの体と同化した瞬間。  周囲の妖魔たちが飛びかかってくる。  セシルは咄嗟に目をつぶった。  風が吹き抜ける。腰を抱き寄せられた。  セシルはハッとして、顔を上げた。周囲の妖魔たちが一掃されている。セシルを守るように吹き抜けた風に飛ばされたのだ。 「……悪かった。もう二度と、泣かせたくないって思っていたのに」  体を包む温もりも、優しげな声も。すべて夢かと思った。だが、目を開いてみれば、視界に飛びこんできたのは「会いたい」と願っていた者。  人間の姿へと戻ったレヴィンが、申し訳なさそうな笑顔を浮かべている。  目が合った瞬間に、全身の血が沸き立って、嬉しい気持ちがあふれて止まらなくなる。セシルは涙を流し続けた。 「これは……嬉し涙だから……っ」  その後は言葉にならない。  セシルはその胸に飛びこんだ。  人間の主人と、神様の従者はしっかりと抱き合った。お互いの鼓動を感じながら、そして、互いの大切さを再確認しながらも。  その温もりを二度と離したくないと固く決意を固めて。

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