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第14話 新たな歴史は紡がれる

 セシルたちが儀式の間へと戻ると、ロキは驚いた様子を見せた。 「まさか戻ってくるとは。暴走状態のフェンリルは私でも手がつけられないというのに……いったいどういうからくりを使ったのです?」  レヴィンの魔法でガラスが扉のように変わり開く。セシルたちが室内に入ると、ガラスは元通りにくっついた。  セシルはレヴィンの背から飛び降り、2人はロキと対面する。 「俺はセシルの従者だからな。主人の命令には忠実なのさ」 「なるほど……。実に下らない。主人の命令に喜んで尻尾を振るとはまるで犬のようですな。そんな愚かな存在にだけは、私はなりたくありません」  呆れたように首を振る。ロキは見下すような視線をセシルたちへと向けた。 「しかし、何度やってきても同じこと。本当に私と戦うつもりでいるのですか?」 「戦わない。その必要がない。だって、あなたは僕を傷つけることができないから」  ロキが肩をすくめて、続きを促す。  セシルは堂々と言い放った。 「あなたは神だ。神は理由なく人間を傷つけることができない。あなたがさっき兄さんを攻撃できたのは、『罪人への断罪』という理由があったからだ。でも、僕にはその理由が存在しない。僕はレヴィンと盟約を元に契約を結んでいないから」 「さっきあんたはセシルをわざとこの塔から追い出したんだ。自分の天敵を遠ざけるためにな」  レヴィンは狼から人間へと姿を変える。そして、セシルの隣に並び立った。 「セシルはあんたの力が及ばない――世界で唯一の魔術師」 「なるほど……。気付いてしまわれましたか。これはおもしろい。しかし、よいのですかな。自分の友人の命を犠牲にする覚悟は」 「その脅しももう通じねえぜ?」 「うん。あなたは僕だけじゃなく、キースにも攻撃はできない。さっきあなたが言っていたのを僕は聞き逃さなかった。キースのことを『ご主人』と呼んだ。あなたとキースの主従契約はまだ切れていない。だから、従者であるあなたは主人(キース)を攻撃できない」 「なっ……」  その言葉に動揺したのは、ロキではなくキースの方だった。何かに気付いた顔でロキの方を見やる。  一方、ロキはにやにや笑いを崩さない。 「てめえの舌先三寸にはもう誤魔化されねえぞ。いい加減に諦めて、キースとこの部屋を明け渡せ。ロキ」 「ふ……ははは! なるほど! 私は物語で言えば悪党だ。物語はさながらクライマックス。さて、もっとも盛り上がる終盤において、悪党がおいそれと敗北を認めましょうか。このロキ、悪党らしく最後まで抗ってみせましょうぞ」  ロキは楽しげに床へと舞い降りる。そして、セシルたちを迎え打つとばかりに両手を広げてみせた。 「確かに私はあなたを害することができない。しかし、自分の身はいかようでも守ることはできます。さて、根競べといきましょうか。私とあなた、どちらが音を上げるのが早いか」 「そっちがその気なら。レヴィン!」 「ああ」  セシルは両手を前へと伸ばす。  相手は神だ。それがわかっているのに、ためらいも恐怖も感じない。  何せこちらには力強い味方がいる。いつでも自分を支えてくれて、口は悪いけど本当は優しい――そんな神様が。セシルは彼のことを信じて、風を作り出すだけだ。  ふわりと一陣。澱んだ辺りの空気を洗い流すような清廉とした風が吹き抜ける。  セシルの隣で手を伸ばして、レヴィンがその風を大きく変化させる。 「無駄です。あなたの風はすべて防いでご覧にいれましょう」  ロキが右手を前に差しだす。すると、透明な壁が形成されていく。ロキの身を守るように展開していき―― 「クレスト……いや。狡知神ロキッ!!」  その時だった。  鋭い声が割って入る。 「主として命ずる! セシルの攻撃を防ぐな!」 「おや……」  ロキが素直に右手を下ろした。瞬間、彼を守る壁が消える。  その時、彼が浮かべた表情は驚きでも、諦めでもなかった。まるでその未来を読んでいたかのようでもあった。  ロキはキースの方を向く。そして、どこか満足そうに笑った。 「はい……ご主人。仰せのままに」  ――彼が答えた次の瞬間。  突風が吹き抜けて、ロキの体を吹き飛ばした。  ◇  ロキは壁を背にして座りこんでいる。戦意を喪失したのか、ぼんやりと宙を見つめていた。  レヴィンはロキの元へと歩み寄る。ぶっきらぼうに声をかけた。 「なあ」  ロキは反応せずにぼんやりとしたままだ。 「キースと契約を結んだままだとあんたの計画に支障が出る。わかりきっていたことだろ? なぜ契約を切らなかった?」 「簡単なこと。自分に関わる契約は、神の権限をもってしても打ち切ることができなかっただけですよ」 「それでも他に方法はあっただろ?」  主従契約は、両者が「解除したい」と強く願った時も解除可能なのだ。 「あんたはよく口が回るからな。キースを上手いことだまくらかして、解除することは可能だったんじゃないか?」  それこそセシルやエルムの命と引き換えに、という条件を出せば、キースは承諾していたにちがいない。  ロキは視線を巡らせて、1点を見つめる。  その先ではキースが球体から解放されていた。セシルの元に走りよって、お互いの無事を確認している。  ロキは小さく笑みを漏らした。今度こそ、何かを諦めたような笑顔に見えた。 「……さて。なぜでしょうなあ」  狡知神は自嘲混じりに答えるのだった。

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