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第4話
そうしてジョンがグラスの赤ワインを空けると、三人はハマーに乗って221Bに帰った。
ハドソン夫人と話しているホレイショとディーンを残し、ジョンは真っ直ぐ二階のリビングへと向かう。
ジョンはシャーロックの状態が少し心配だったが、ワインを飲んでホレイショとディーンと腹を割って話したせいか、シャーロックがどんな態度に出ても受け止められる気がしていた。
しかしリビングを覗いて驚いた。
シャーロックは眉間に皺を寄せてジョンのパソコンに向かっていたのだ。
「シャーロック?
僕のパソコンで何してるんだ?」
ジョンが素直な疑問を口にすると、シャーロックが目線を上げてジョンを見た。
「良く分からない事態だ。
君のパソコンに何かが…多分圧縮された動画だ。
ダウンロードされ続けている」
「何だろう…?」
ジョンが足早にテーブルにやって来ると、シャーロックがパソコンの前から離れた。
ジョンがパソコンに向かうと『ダウンロードは終了しました』と画面に文字が現れ、プチッと電源が落ちて画面はブラックになった。
そしてまた電源が入る。
「え?え?何だ?」
慌てるジョンだが、パソコンが立ち上がるまでは何も出来ないので画面を見ているしか無い。
シャーロックもジョンと並んでパソコンの画面を見ている。
そしてパソコンが完全に立ち上がった瞬間『BOMB!』というかわいらしいロゴと、『12時間で解読せよ!でなければロンドンが爆発!爆発!爆発!正義の味方ホレイショ・ケインを撃つのは誰?』という文章が現れ、勝手に動画が再生された。
左上にはカウンターも現れ、12時間から1秒単位で時間が減っていくのを表示している。
タイトルは『エロスの館~第3シーズン~第1話』だ。
じーっと画面を見続ける二人。
10分もしないうちに女性が裸になり、男性と絡み出す。
ジョンとシャーロックがくるっと顔と顔を見合わせる。
「……これって…どう観てもポルノだよな…?」
ジョンの問いに頷くシャーロック。
しかしシャーロックはまた画面に顔を向ける。
「だがさっきのメッセージは?
突然ダウンロードされ、再生されている意味は?
これはもしや…」
「まさか…!」
ジョンが何とか動画を一時停止する。
だがカウンターは止まらない。
シャーロックが瞼を閉じて両手を合わせ顎にピタリと付ける。
「そうだ、ジョン。
これは犯罪予告で、僕達に対する挑戦状だ」
「ケイン警部補!
ちょっといいですか!?」
ジョンがハドソン夫人の部屋のドアをガンガンとノックをしながら叫ぶ。
ハドソン夫人が怪訝そうに扉を開く。
「ジョン?
どうし…」
ジョンがハドソン夫人の言葉を待たず、ダイニングで食事をしているホレイショとディーンの元に転がるように現れる。
その後をおかんむりな様子のハドソン夫人が続く。
「ジョン!
ちょっとじゃないわよ!
失礼じゃない?」
「し、失礼は承知しています!
でも緊急事態なんです!
ケイン警部補、二階に来て下さい!」
「まあ、ジョンったら…!
見て分からないの?
ケインさんはお食事中よ?」
ホレイショがすっと立ち上がる。
「お気遣いありがとうごさいます、ハドソン夫人。
ドクター、行きましょう。
ディーン、君はゆっくり食事をしてるんだ。
いいね?」
ディーンがホレイショを見上げてコクリと頷く。
「ではハドソン夫人、ディーンを頼みます」
「ええ、勿論!」
ホレイショは一瞬ディーンに向かって微笑むと、走ってドアへと向かう。
ジョンも踵を返してドアへと向かった。
二階のシャーロックとジョンのリビングでは、シャーロックがパソコンをじーっと見つめている。
ボリュームが最大なので動画の女性の喘ぎ声が部屋中に響いているが、シャーロックは早送りで観ているようで、その喘ぎ声は色っぽさの欠片も無く、機械的だ。
「ドクター、これは?」
ホレイショがシャーロックの後ろに周り、パソコンの動画を目にしながら訊く。
ジョンは一気に今迄の出来事を話した。
ホレイショは頷くと「シャーロック・ホームズさん、それでこの動画がどうやってダウンロードされたか分かりましたか?」と今度はシャーロックに訊く。
シャーロックはパソコンの画面を観たまま返事をする。
「分からない!
それよりも黙っててくれないか!?
音声にヒントがあったとしたら聴き逃してしまう!」
ホレイショがマウスを掴む。
「この動画が自動的にダウンロードされたのなら、ドクターのパソコンがハッキングされたという事だ。
ハッキング元を突き止めるのが先だ」
そうしてホレイショがマウスを操作し出す。
「何をしてるんだ!?
もう11時間41分しか時間が無いんだぞ!?
僕の邪魔をするな!」
怒鳴るシャーロックにホレイショが冷静に告げる。
「この動画は25話ある。
1話は45分。
普通に観れば1125分かかる。
時間で言えば18時間45分。
まだそれ程時間が無い訳では無い。
うちのCSIのラボにも送信し、解析させる」
「何だと!?
これはロンドンの事件だ!
首を突っ込むな!」
「自分が被害者になりそうなんでね。失礼」
ホレイショがマウスをクリックすると、画面がパッと消える。
そしてまた動画が現れる。
「どうぞシャーロック・ホームズさん。
分析をお願いします」
ホレイショはそう言うとリビングを出て、ジョンの寝室に向かった。
そしてホレイショのデラックススイートの部屋がある五つ星ホテルのペントハウスでは、チャーリーの雄叫びが響いていた。
「あ!動画のコピーをマイアミに送信された!
やっぱりホレイショ・ケインはそう来るか~!」
ロウィーナがホホホと笑う。
「当たり前でしょう。
ホレイショ・ケインは科学捜査のプロ。
それに自分が標的にされているだけならまだしも、ロンドンが標的にされていたら絶対に動くわ!」
チャーリーが肩を竦める。
「まあね。
最初から分かってて動画を送った訳だし。
だけどマイアミは良いとして、ロンドンは?
ストーカーの天使や未練がましい悪魔やブラコンの弟の邪魔が入らない?」
またもやホホホと高笑いをするロウィーナ。
「私を誰だと思ってるの?
天才魔女のロウィーナよ!
抜かりないわ!
ディーンとホレイショにはマイアミで合流した時に、『最も真なる愛の魔法』をかけておいたし。
マイアミに帰るまで、あの二人の仲を割くことは魔術を使った私にも出来ない最強のまじないよ。
心の操作をせず、お互いが愛し合っていればまじないは発動し続ける…ロマンよね~!」
「ハイハイ分かってるって。
ホレイショ・ケインが爆弾処理班にいた時に救った双子の母親にまた頼まれたんでしょ?
今度はいくら積まれたの?」
「私が言うと思う?
でもあの母親の情報網にはいつも驚かされるわ…!
『ケイン警部補と恋人のロンドン行きを守ってやって欲しい』って…いつ知ったのよ!?って思ったわ!
やっぱりお金と権力は人間の最大の武器ね…!」
チャーリーがフンとロウィーナを見る。
「ハイハイそれもいいから!
それに私はあの二人の心配をしてるんじゃ無い!
ストーカーの天使や未練がましい悪魔やブラコンの弟の方よ!」
ロウィーナがジロリとチャーリーを睨め付ける。
「…な、何よ…?」
「聞きたい?
本当に?
後悔しない?」
「何…?
不気味なんだけど…」
ロウィーナがチャーリーの顔を両手で掴む。
「ちょっと…!
何!?」
「不気味で正解ってことよ。
流石、チャーリーだと思ってね。
いいわ。
見せてあげる」
「え!?
見るって…!?
説明で良いって!」
チャーリーの叫びも何のその、チャーリーの目の前に閃光が走った。
チャーリーから見えるのは、アメリカ、カンザス州にある賢人の基地の中の味も素っ気も無いサムの部屋だ。
チャーリーは思わず『キモっ!』と大声を出してしまったが、どうやら三人には聞こえていないようで安心する。
サムの部屋には三人の男が裸プラスαで転がっている。
まずベッドのくしゃくしゃのシーツの上に転がる全裸のサム。
サムはなぜかショッキングピンクのリボンでツインテールにしていて、身体中キスマークだらけで精液まみれだ。
そして床に転がるカスティエル。
床には空の酒瓶があちこちに転がっている。
カスティエルも全裸でコスプレの様なプラスチック製の天使の羽らしき物を背負って、身体はサムと同じ、キスマークだらけで精液まみれ。
そしてカスティエルと反対側の床に転がるクラウリー。
クラウリーはベビーブルーのフリフリのベビードールを着ていて、状態はサムとカスティエルと同じ。
身体はキスマークだらけで精液まみれ。
それに全員、口紅を塗っていた様な痕跡まである。
……何これ???
チャーリーの頭には、はてなマークと『キモい』しか浮かばない。
そのうちムックリとサムが起き上がり、二人を見てギョッとするとバスルームに駆け込み鏡を凝視している。
次に起きたカスティエルも最後に起きたクラウリーもサムと同じ行動を取って、結局三人で三角形を作って自分以外の二人を呆然と見つめている。
そうして何分経過しただろう。
クラウリーがぎこちなくゴホンと咳払いをする。
「……まあ、あれだ。
お互い事故に遭ったと思って…。
それで…その…ひとつだけ聞きたい。
俺様に突っ込んだのはどっちだ?」
サムとカスティエルがガラガラ声で同時に「違う!」と絶叫する。
そしてサムが目を釣り上げて怒鳴る。
「それより僕をヤッたのはどっちだよ!?」
すかさずカスティエルもこめかみに青筋を立てて怒鳴る。
「それを言うなら私だ!
天使を犯すなんて…重罪だぞ!」
途端に三人の絶叫が重なる。
「僕はヤッてない!」
「私は何もしていない!」
「俺様がお前達なんぞに手を出すワケが無いだろう!」
そして訪れる静寂。
クラウリーはその場からパッと消え、カスティエルも痛む身体を引き摺り走って自室のバスルームに向い、サムはノロノロとシャワーのコックを捻る。
サムがツインテールのショッキングピンクのリボンを力無くするりと取ると、バスタブの中で膝を抱えてシャワーに打たれながら「…何だこれ…」と呟く。
カスティエルはもっと酷い。
サムと同じくバスタブで膝を抱えシャワーに打たれながら「…ディーン…すまない…」と繰り返しながら泣いている。
クラウリーは地獄の自室のバスルームで、ヤケクソ気味に身体を泡まみれにしながらも、壁のフックに掛かっているベビードールをチラチラ見ながら「俺様は何でも似合っちゃうんだよな~。あの二人が血迷うのも無理ないな~。魅力があるって辛いよな~」と満更でも無い表情でブツブツと言っている。
クラウリー、あんたホントに強いわ…!
と、チャーリーがしみじみ思った瞬間、また目の前に閃光が走った。
そして閃光が消えると、そこはホテルの部屋だった。
少し離れたソファでシャンパンを飲みながらロウィーナが「どう?」と澄まして言う。
チャーリーが立ち上がりロウィーナに駆け寄る。
「ねぇねぇ!
あの三人、本当にエッチしちゃったの!?
三人で!?」
ロウィーナが顔を顰める。
「やめてよ、チャーリー!
このシャンパン、あんたの正規の年収より高いのよ?
不味くなるでしょうが!」
「…だって!
あの映像は!?」
「あれはね」
フフフと黒い笑みを浮かべるロウィーナ。
「賢人の基地じゃこの私でも最大限のまじないはかけられないから、ちょっとした細工をしたのよ。
キスマークに見えるのはただの内出血。
まあキスマーク自体がそうだしね。
精液に見えるのはそれぞれの精巣から取り出してばら蒔いただけ。
あとはホームセンターで売ってるやっすいリボンと仮装用の天使の羽といかにもクラウリーが好きそうなベビードールを身につけさせて、身体にセックスをした感覚を残しただけ。
ついでに口紅も塗ってね。
これで三人はディーンに直ぐに会いたいなんて思えない。
混乱と自己嫌悪が心を支配しているからね。
まあクラウリーの馬鹿は自惚れているけど、クラウリーはディーンとホレイショの仲を面白がっても引き裂くような真似はしないでしょ。
それにクラウリーごときじゃホレイショとディーンにかかっているまじないには適わないし。
要はキャスが本格的に落ち込めば良いんだから。
残りの二人は真実味を持たせる為に巻き込んだだけよ。
ついでに言うと空の酒瓶は全員で飲ませるようにしたわ。
二日酔いだって真実味を増すものだから。
私って完璧!」
「………」
チャーリーがジロッと自分のパソコンを見てからロウィーナを見る。
「何よ?」
「…ロウィーナさあ…もしかしてあの『エロスの館』の動画にも何かした?」
ロウィーナがにっこり笑う。
「あんたを雇って正解だったわ!
チャーリー!」
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