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第1章 原型造り

『……台風7号は依然として強い勢力を保ち、沖縄地方を暴風域に巻き込みながら北上をつづけ……列島を縦断する恐れが……』   雑音が、ひどい。電波事情が悪いのは、ヘアピンカーブが連続する峠道を登坂している最中だからだ。  わたしは舌打ち交じりにカーラジオを切った。その直後、ことのほか曲がりがきついカーブに差しかかった。  遠心力が働いた拍子に、ダッシュボードの上に置いてあったライターが床にすべり落ちた。  それに気をとられた一瞬の間に、真紅のポルシェが、センターラインを越えてこちらの車線にはみ出してきた。  咄嗟にハンドルを左に切った。型落ちのセダンは、サイドミラーが接触する寸前にポルシェをよけた。  ポルシェは、すれ違いざまにクラクションを派手に鳴らして走り去っていった。  左の前輪が砂利を跳ねあげ、つぶてがナンバープレートをぴしりと打つ。  わたしはシフトレバーに手を伸ばした。  ギアをサードからセカンドに落としたものの、車体が崖側に微妙に傾き、タイヤが路面を捉えきっていないような、心許なげな感触がハンドルに伝わってくる。  あわててハンドルを切り直す。  数十メートル走った先に、擁壁に沿って湾曲した退避所が設けられていた。これ幸い、とセダンを寄せて停めた。  実のところ車で遠出するどころか、ハンドルを握ることじたい久しぶりだ。  おまけに高速道路を下りたあとは慣れない山道の運転に神経をとがらせてきたために、肩がこった。腰を伸ばしがてら、いったん車から降りる。  先ほど、ひやりとする思いを味わった場所を振り返ってみた。  途端に汗が噴き出した。  真新しい(わだち)が、黒々とのたくっていた。  しかも、それは路肩ぎりぎりの位置に残っていて、塗料がはげちょろけたガードレールの向こう側は切り立った崖だ。  ハンドル操作を少しでも誤っていれば、正面衝突を避けられなかったばかりか、セダンはガードレールを突き破って谷底に転落していた。  セルフレームの眼鏡をずらした。汗をぬぐい、トランクに尻をひっかけて一服つけた。

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