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第4話

 意味深なやりとりが風に乗って運ばれてきた。好奇心を刺激されて、湖側に建物を回り込んでみる。  すると、ペチュニアが咲き乱れる庭先に人影をふたつ見いだした。  ふたりのうち、ほっそりした人物が右にずれた。端整な横顔がこちらを向き、わたしは頬をゆるめた。  天音くん、と呼びかけようとしたものの口ごもる。険悪な空気が漂い、それに出端をくじかれた。  ふたりは石造りのベンチを挟んで対峙していた。天音はこの夏で二十八歳になった。  対して、がっちりした体つきの青年は二十代前半といった年恰好で、奥田商店のロゴが入ったキャップをかぶっていた。  青年は、そのキャップをふて腐れたふうにかなぐり捨てた。  前後の状況から推察して、わたしを泊める、泊めさせないで揉めているようだ。  では、俎上(そじょう)に載せられたわたしが下手に姿を現わせば、火に油をそそぐことになりかねない。  こめかみを掻く。まずいところに来合わせてしまった。ひとまず車寄せに戻って、しばらくしてから来意を告げることにするか。  と、青年が豹のように敏捷な身のこなしで、ベンチの背もたれをひと跨ぎに飛び越えた。  天音につめ寄り、返す手で強引に抱き寄せると、真一文字に結ばれた唇に、むしゃぶりつくように口づけた。 「やめ……ろっ!」  天音は身をよじり、右に左に頭を打ち振った。だが青年は抱擁を解くどころか、体格の差にものを言わせて天音を抱きすくめる。唇の結び目をこじ開けるが早いか、舌をねじ込む。 「……っ!」  青年が顔をしかめた。思わずといった(てい)でキスをほどいて、舌を出した。その舌をひと撫でした指先が、赤く染まるのが見えた。  どうやら返り討ちに遭って嚙みつかれたようだ。  天音は、身をもぎ離しざま青年に平手打ちをおみまいした。  眉根を寄せると、さも厭わしげに手の甲で唇をこすった。青年に冷ややかな一瞥をくれると、帰れよがしに顎をしゃくる。

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