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第8話

 それにしても都会の喧騒とは、かけ離れた世界だ。グランドファーザー・クロックが時を告げる音が重々しく鳴り渡ったのを最後に、邸内は再び静まり返った。  それに、さすがに日本有数の避暑地だ。エアコンがなくても汗がひいていく。  それはさておき、あらためて天音とふたりきりになると話の継ぎ穂を失う。  なにしろ天音と会うのは、結婚式の当日に親族の控室で紹介されたのが最初で最後だ。それは去年の十月の出来事で、あれからすでに十ヶ月が経つ。  オレンジの輪切りがアイスティに添えられていた。それをグラスに沈めてマドラーでひと混ぜしたあとで口にすると、さわやかな酸味が全身にしみ渡る。  優雅な手つきでクッキーをつまむ天音を盗み見た。  妻の里沙と天音は、二卵性双生児だ。なるほど、性別は違ってもやはり双子だ。瓜二つと言っても過言ではないくらいよく似ている。  アーモンド形の目はつりあがりぎみで、睫毛が頬に濃い影を落とす。細い鼻梁と、それとは対照的にふっくらとした唇。  そうか、と納得するものがある。妻の顔立ちに凛々しさが加わると、貴公子然とした気品がそなわるのか。  といっても、醸し出される雰囲気は正反対だ。  結婚後も取り巻きを引きつれて歩く里沙が太陽なら、天音は月……いや、むしろ冬の夜空に冴え冴えと輝くシリウスか。  天音が、膝の上で両手を組み合わせた。口許に微笑を漂わせて、ゆったりと足を組み替える。象牙色の肌もそうだが、天音は虹彩も日本人離れして薄茶色い。  その目で見つめられると、ベッドでのつき合い限定──という蓮っ葉な(げん)が耳の奥に甦って、落ち着かない気分にさせられる。  わたしは湖に視線をさまよわせた。もそもそとクッキーをかじれば、皮肉たっぷりの口調でこんなことを言われた。 「避暑にかこつけておれの暮らしぶりを探ってこい、とでも里沙に頼まれましたか」 「弟のきみに、わざわざこんなことを言えば『知ったかぶり』と笑われそうだが。里沙はスパイを放つような回りくどいまねをするくらいなら、自分で様子を見にくるさ。あけっぴろげな性格だからな」 「裏を返せば女王さまタイプ──それが里沙です。晶彦さんは、姉のよき理解者であるみたいですね」

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