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第10話

 思わせぶりに言葉を切ると、テーブルを回り込んできた。わたしが腰かけている側の肘かけに尻を載せて、上体をひねる。  眼鏡のツルをつつかれて、どきりとした。  近い、異様に近い。極端な話、腕を伸ばせば簡単にしなだれかかってきそうなくらい、しなやかな躰はすぐそこにある。  笑みをたたえた唇が、物問いたげにうっすらと開かれる。天音がそこを貪られている場面がまざまざと思い出されて、掌が汗ばんでいく。  すべらかな掌が、頬に添えられた。天音が顔をうつむけた拍子に、前髪が鎖骨をかすめた。  わたしは躰を硬くした。人なつっこいという範疇に収まりきらない密着ぶりにうろたえて、横にずれた。  その隙に乗じて、眼鏡をむしり取られた。わたしは目をすがめ、腰を浮かせた。ツルをつまんで眼鏡を振り動かす天音を、思わず()めつけた。 「晶彦さんは実物のほうが格段に素敵ですよ。でもセンスは最低ですね。晶彦さんみたいに目許の涼しげな人は華奢なデザインのほうが断然、似合う。野暮ったい眼鏡でせっかくの魅力を殺して、損ですよ」 「強度の近視なんだ。からかうのはやめて、返してくれ」  技師が検眼用のそれをかけてくれるときのように、天音はわたしの耳の上部を折りたたみぎみにしながら眼鏡をかけて戻した。  吐息に頬をくすぐられると、なんとはなしに目のやり場に困り、天音が離れていくと覿面にほっとした。  わたしはアイスティを飲み干し、やけくそぎみに氷を嚙みくだいた。シャツの胸ポケットをまさぐって煙草のパックを取り出すと、天音は右手をフランス窓に振り向けた。 「山荘内は全面禁煙と言いたいところですが。妥協案として、客間か外でお願いします」  わたしは、そそくさとパックを押し戻した。  ふと垂れ込めた気まずい沈黙を振り払うように、天音は白い歯をこぼした。 「夕食は七時に。腕をふるう、と江口さんが張り切っていたので豪華版のはずです。それまで客間で休まれてはいかがです? シャワーでも浴びて」

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