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第12話
「晩飯の前に、今日のノルマをこなしておくか……」
人里離れた山荘に雲隠れを決め込んでも、締め切りは待ってはくれない。帰京ししだい担当の編集者が原稿の取り立てにやってくる。
とはいえ締め切りに追われるのがつらい、というのは贅沢な悩みだ。天音という一読者の忌憚のない意見を聞いたことでもあるし、せいぜいがんばるか。
部屋に戻った。机に向かって、ワープロのスイッチを入れた。
山の端 に日が沈み、一番星がまたたいた。
それから数時間経った、丑三つ時の出来事だ。わたしはブランケットにくるまって、眠っていた。
もっとも旅先にあるときの常で、神経が高ぶり、眠りが浅かったのかもしれない。
蝶番が微かに軋んだ。扉がゆっくりと押し開かれて、衣ずれが鼓膜を震わせた。
異変を感じて、わたしは薄目をあけた。
意識の一部が覚醒したといっても、依然として眠りの淵をたゆたっている状態にあって、金縛りに遭ったように躰が動かない。
月明かりがカーテンの合わせ目から射しこむ。それが床に縞模様を描くなか、密やかな足音がベッドに忍び寄ってくる。おぼろな人影が、淡い光の中に浮かび上がる。
江口さんは夕飯の後片づけをすませると、早々に家路についた。だから目下、この山荘にいるのはわたしと天音のふたりっきりのはずだ。
要するに、時ならぬ訪問者は天音だ。
寝ぼけて部屋を間違えたのだろうか? あるいは寝酒 の相手が欲しくなって誘いにきたのだろうか? 夜の夜中に?
駄目だ、頭の中に靄がかかっているように考えがまとまらない。
寝返りひとつ打てないでいるうちに、足音がベッドのかたわらに達した。天音が腰をかがめ、顔を覗き込んでくる気配が、ひしひしと伝わってくる。
天音くん……? そう問いかけたつもりだが、舌がもつれる。
幽 けし息づかいが、しじまに溶け入る。一分、二分……置き時計が時を刻む音が、やけに耳につく。
空気が次第に張りつめていく。
ぎしり。
天音がベッドの縁 に浅く腰かけた。マットレスがへこみ、心臓が跳ねた。
わたしは思わず、ぎゅっと目をつぶった。
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