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第2章 モールド製作

 モーターの音が軽やかにこだまする。わたしは寝ぼけ眼をこすった。  目覚めの一服をつけがてらバルコニーに出てみると、芝刈り機を押して歩く天音の姿が視界に飛び込んできた。  湖畔へとつづく前庭は、なだらかに傾斜している。天音が東から西に、西から東に何度か往復するにしたがって、芝がきれいに刈りそろえられていく。  陽光が燦々と降りそそぐ。天音は芝刈り機のエンジンを切ると、麦わら帽子を脱いだ。  その帽子で顔をあおぐと、今度はペチュニアの花殻を摘みとりはじめた。  後れ毛が陽に透けて金色に輝く。名家の御曹司であるわりには、天音は手まめであるようだ。青空のもとで立ち働く姿を垣間見ると、真夜中に彼が不埒なふるまいに及んだことは空想の産物に思えてくる。  気配を察したのか、天音が(こうべ)をめぐらせた。おはよう、と手を振ってよこす。  ぎこちなく手を振り返した。洗面をすませて一階に下りると、天音もシャワーを浴びてきたところだ。  彼は洗い髪をかき上げながら、にこやかに話しかけてきた。 「江口さんは今日は休みです。晶彦さんを、こき使ってもかまいませんね」  手始めに朝食の支度を、ということで手分けしてパンと卵を焼いた。  他には江口さん特製のパテを皿に盛りつけた程度だが、ふだんはスモッグの中で暮らしている身には、清澄な空気が何よりのご馳走だ。  後片づけもふたりでやった。わたしが皿を洗い、布巾を持った天音に渡せば、 「新婚のカップルみたいですね」  彼はさらりと言う……その冗談は心臓に悪い。  天音に指示されたとおりに、裏庭に掘った穴に野菜くずを埋めてくると、ちょうどスポットニュースの時間だ。居間に場所を移して、天音に断ってテレビを点けた。  台風関連のニュースがトップだ。台風の進路を示す予報円は九州全域をすっぽりと覆い、あちらの地方では土砂崩れや鉄砲水などの被害が出ているらしい。  海は大時化、K県の市内を流れる川は氾濫して、濁流が住宅地にひたひたと押し寄せてくる。  わたしは眉をひそめてテレビに見入った。中心付近の気圧は九二五ミリバールで、瞬間最大風速は四十五メートルを記録したという。

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