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第16話

「鉄道のダイヤはめちゃくちゃで、空の便は軒並み欠航──か。一向に勢力が衰える様子がないな」 「戦後最大級の台風だとか。まあ、この地方を直撃する恐れはありません」  実際、悲惨な映像の対極にある、爽やかな風がカーテンと戯れる。  天音が食後のコーヒーをつぎ分け、テーブルを挟んで彼と向き合うと、間が持てない。  寝込みを襲われた。すなわち、こちらはいわば被害者だ。べつに浮気をしたわけではないが、里沙を思うと気がとがめるわたしにひきかえ、天音は挽きたての豆で淹れたコーヒーに舌鼓を打つ。  夜這いをかける趣味があるのか。冗談めかしてそう訊いてみれば、天音は案外、悪びれたふうもなくこう答えるかもしれない。  曰く──口止め料です──  ──キスを拒まなかった時点で晶彦さんは共犯者になりさがった。おれと哲也がキスしていた件を里沙に言いつければ、やぶ蛇になりますよ?    寝不足で目がしばしばする。眼鏡とレンズの間に中指を差し込んで、瞼を揉んだ。 「頭痛ですか? 顔がむくんでいるし、寝冷えでもしましたか」  天音がテーブル越しに身を乗り出した。自分のそこと、わたしの額に右と左の掌を押し当てた。  ふたりの距離が縮まれば、天音のそれが、そこをかすめた感触が否が応でも唇に甦る。心が波立ち、わたしは、さりげないふうを装って躰をずらした。  カップを口許に運んで壁を築いた。悪気はないのか確信犯なのか、天音はスキンシップ過多だ。昨日来、いいように遊ばれている気がする。  コーヒーをがぶ飲みすれば、むせた。どこかの誰かさんが安眠を妨害してくれたおかげで、調子が狂いっぱなしだ。  天音と目が合えば、ひと言そう皮肉ってやりたくなる。  テレビを切ると、あたりは静寂に包まれる。それにしても長閑(のどか)だ。原稿を書き進めなければ、という焦りはあるのだが、やる気が出ない。ひっきりなしに欠伸が出て、瞼が重くなってくる。  いつの間にか、うとうとしていたようだ。肩をつつかれて、びくっとして腰を浮かせると、天音は人差し指を唇の前で立てた。  と同時に、フランス窓の外に顎をしゃくった。

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