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第21話

「後学のために、晶彦さんと里沙のなれそめを教えてください」 「ファンレターを書くのはまだるっこしい、俺に直接、俺の本を読んだ感想を伝えたいとのことで出版社を訪ねてきたらしいんだ。コネを使って」 「神崎家の威光を笠に着て……というやつですね。里沙は根っからマイペースで、実にあいつらしい」  辛辣な言い方に、「おや?」と思うものがあった。天音にとって里沙は案外、煙ったい存在なのか?   その天音は小枝を拾い、それでシラカバの幹を打った。一転して邪気のない笑みを浮かべた。 「弟から見ても里沙はモテます。よりどりみどりで天狗になっている姉を、よく口説き落としましたね」  実際、花の香りに誘われる蜂のように、遊び慣れた男が何人も里沙に群がって彼女の寵を争っていた。  取り巻きの中には昨今の投機ブームに乗って株の売買でひと財産築いた男もいたし、旧家の令息もいた。  洗練された男たちにチヤホヤされ慣れていた里沙の目には、気の利いた科白ひとつ言えないわたしが、逆に新鮮に映ったのだろう。  編集者から言葉巧みにわたしの住所を聞き出して以来、熱烈にアプローチしてくる彼女に押し切られる形で交際が始まり、それから半年足らずで結婚したいとせがまれて現在に至る。  わたしの父は普通の会社員で、古くさい価値観に囚われている。  これこれこういう家の娘と結婚すると報告すると、身分違いは不幸のもとだ──と、わたしを懇々と諭したものだ。  父の言うことにも一理あって、挙式当日には桧垣家と神崎家の格の違いをまざまざと見せつけられた。  神崎家の招待客は錚々(そうそう)たる顔ぶれで、政財界のお歴々が順番に祝辞を述べた(露骨に神崎家の現当主におもねるような内容の)。  式の間中、わたしの親族は皆、委縮していた。お開きになったとたん、そそくさと帰っていった。 「高砂でかしこまっていた晶彦さんは居心地悪げで、欠伸をこっそり噛み殺していましたね」  そこでいったん言葉を切ると、思い出し笑いに肩を震わせた。

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