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第22話

「神主が祝詞をあげている最中、カメラ目線をよこす余裕があった里沙にひきかえ、紋付き袴姿の晶彦さんは初々しい感じがしました。三々九度を交わすときには中身をこぼしていましたね。かなり緊張している様子がありありと伝わってきて、一見の価値がありましたっけ」 「どうせ、俺はあがり症の冴えない男だ。よくも古傷をえぐってくれたな。いじけてやるぞ」    わたしは、わざとむすっとしてみせた。天音の頭に手を載せて、ツムジをつついてやると、彼はひらりと身を翻して駆けだす。追いつくと、するりと身をかわしてまた先に行く。  仔鹿のように軽やかに。  十五分あまり小径を行くと、ぽっかりと開けた場所に出た。  小川がさらさらと流れ、丸木橋の下で小魚がすいすいと泳ぐ。蝶が何頭も舞い、ユリ科の花が可憐に咲き匂う。 「とっておきの穴場に、ようこそ。どうです、なかなか綺麗なところでしょう?」  なるほど、そう豪語するだけあって、地上の楽園とはかくあるべきという美しい場所だ。  倒木がうまい具合に折り重なって垣根様のものを形作り、わたしと天音の姿を隠す。子どものころに造った秘密基地を思い出して、それが、また味わい深い。  苔むしたブナの根っこに腰を下ろした。無意識のうちに煙草のパックをポケットから摑み出し、だが、とがめるような視線が手元にそそがれて戻した。 「ここに誰かを案内するのは、後にも先にも晶彦さんひとりです」  天音は蝶に指を伸ばすと、巧みに誘導してそこで(はね)を休めさせた。それから、彼はにっこり笑う。 「ここは、おれにとってオアシスに等しい大切な場所なんです。おれと晶彦さんの秘密ですよ」  天音は、左手の小指を強引にからめてきた。ゲンマン、と口ずさんだあとで、掌を耳にあてがった。 「この森には鳥がたくさん棲んでる。耳を澄ませてみてください。アカゲラとコゲラが合唱しています」 「俺には同じに聴こえるよ。よく聴き分けられるな、野鳥に詳しいのか」 「山荘に移り住んで三年になります。毎日、森を散歩しているうちに嫌でも詳しくなります」   淡々とそう答えると、はにかんだふうに睫毛を伏せた。

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