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第25話
眼鏡を小川ですすぎ、ことさら丁寧にレンズを磨く。と、そこに問わず語りが鼓膜を震わせた。
「その昔、おれの性癖を知った父は、おれを精神科の医師に診せました。父曰く『カウンセリングを受ければ、まともになるはずだ』。晶彦さんは哲也のことを知ったあとも、こだわりなく接してくれますね」
「日替わりで寝る相手を変えようが、きみの自由だからな。ニコチンが切れた、一服つけてくる」
顔を背けがちに、その場を離れた。丸木橋を渡り、岸づたいに数十メートルほど流れを遡った。
清流に手をひたして火照りを冷ます。バツが悪い以上、ひと足先に山荘に戻るという選択肢もあったのだ。だが、足は忠実に来た道を折り返す。結局、馬鹿正直に天音のもとに舞い戻り、葉ずれの中に身を置いた。
腕時計をはめてきていれば、帰ろうと言い出すきっかけが摑めた。額に手をかざし、密にからみ合う梢を透かして空を仰ぐ。
太陽が中天にかかった。そろそろ正午か?
「せっかく避暑にきていただいたのに、今日はこの夏一番の暑さです。喉が渇きませんか」
天音はシャツの衿をばたつかせて胸元に風を送り込む。その拍子に鎖骨が覗き、深いくぼみに消え残る黄色みを帯びた痣が見え隠れした。
白磁の肌にぽつりと咲き、いかがわしい……。
あれはキスマーク、か。おそらく哲也という青年が捺したものだ。わたしは物語を紡ぎだすことを飯の種にしている作家の端くれだ。
ゆえに仕事柄、人一倍想像力が豊かだが、この場合はそれが恨めしい。
天音が男に組み敷かれている場面が、鮮やかに思い浮かぶ。男に馬乗りになって、いきり立ったペニスをそこに導き、あるいは背後から刺し貫かれて甘い声でいななく……。
頭をひと振りした。こんな馬鹿げた妄想にふけってしまうのは、草いきれに酔ったせいなのか。
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