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第26話

「晶彦さんが気が合う人で、よかった。ずっと、いてくださればいいのに……里沙に怒られますね」    膝の上に、そっと手が載せられた。わたしは、おざなりな相槌を打つにとどめて、しなだれかかってくる躰をやや乱暴に押しやった。  もしも天音が義妹で、その()がこんなふうに無防備に甘えてくれば、理性を保つのは至難の業かもしれない。  いや、性別はあながち問題にはならない。哲也と〝そういう関係〟にあるということは、言いかえれば天音は、欲望の対象になりうるということだ。  まさか、と自嘲気味に嗤う。いくらなんでも自意識過剰だ。 「百面相ですか? 表情がくるくる変わって、見ていて飽きない」  ふくみ笑いを交えてそう囁きかけてくると、前かがみになって太腿に頬杖をつく。衿と肌のあいだに隙間が生じて、キスマークが再びちらついた。  わたしは思わず生唾を呑み込んだ。今すぐ山荘に逃げ帰ったほうがいい、いや、荷物をまとめてさっさと東京に帰るべきだ。  でないと妖しい雰囲気に流されて、取り返しがつかないことをしでかしてしまいそうな予感がする。  天音が、見つめてくる。こちらの自制心を試すような色を双眸に宿して。  口許に謎めいた微笑をたたえ、気まぐれな猫のようにすり寄ってくる。膝と膝が触れて、と、そのとき。 「天音、どこに隠れてるんだ、天音っ!」  怒気をふくんだ声が、響き渡った。わたしは呪縛が解けた思いで、尻でいざって後ずさった。  天音は、といえば舌打ち交じりに立ち上がる。 「哲也だ。摑まると面倒だから、おれはそのへんで時間をつぶしてから帰ります。山荘に戻る途中で運悪く哲也と行き合ったら、適当にごまかしておいてください」  片目をつぶってみせると、天音はすばしっこく木立ちに駆け込む。

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