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第3章 油土壁作り

 山荘を訪れて四日目の朝。あたり一面ミルク色に靄って、神秘的な光景が広がった。  わたしはデータを上書きするとワープロのスイッチを切った。台所に飲み物を取りにいきがてら天音の自室をノックして声をかけたが、(いら)えはない。  まだ眠っているのか、もしくは工房にこもって人形の制作に没頭しているのか。どちらにしても、邪魔しちゃ悪い。  いきおい、足音を忍ばせて螺旋階段を下りた。居間に行き、音量をしぼってテレビを点けて唸った。  九州地方に甚大な被害をもたらし、その後、日本海沿いのルートを東北東に進むかに思えた台風の進路が変わった。最悪の場合、この地方で猛威をふるう可能性が出てきた。  わたしは顔をしかめた。顎をさすり、まばらに伸びた髭をつまんだ。  フランス窓から直接庭に出た。ゆうべは入浴後に書き下ろしの原稿に取りかかったところ、ようやく壁を乗り越えたのか、いつになく筆が進んだ。  結局、夜っぴて机にへばりついていた。そのために節々が痛むようだが、それは心地よい疲労感だ。  眼鏡をずらして目頭を揉む。煙草の吸いすぎでいがらっぽい喉が、湿っぽい空気に癒やされる。  里沙は慧眼だ。環境が変わればトンネルから抜け出せる、という勧めにだまされたと思って従ってみるものだ。この山荘に来て以来、アイディアが次から次へと湧く。  今もそうだ。トリックをひとつ思いついて、肌身離さず持ち歩いている手帳に書きとめた。  たとえ……そう、たとえ折りに触れて熱っぽい視線が横顔に突き刺さって居心地の悪い思いをすることがあっても、この静けさは都会では得がたい。  ジーンズのポケットに両手をつっこんだ。(もや)にけぶる湖畔をそぞろ歩く。桟橋に行き当たった。  そこに繋留されている手漕ぎのボートを戯れに揺らしたた。ボート小屋を覗いてみると、ひとり乗りのカヌーと、釣り竿が壁に立てかけられていた。  拝借して生き餌を針につける。釣り糸を垂らして、ひとしきり遊んだ。

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