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第2話

 休み時間毎に突き刺さってくる、話しかけたくて堪らないと言わんばかりの士朗から向けられる熱い視線に耐えきれなかったのか、昼休みは声をかける前に逃げるように雪哉は教室を出ていってしまい、士朗の突撃計画は不発に終わってしまった。  避けられてしまっているからなのか、話しかけられないまま一日の授業が終わってしまう。だが、士朗は雪哉との会話を諦めるつもりはなかった。 (あれ絶対、激レア非売品だった! 酒井もあのゲームやってるのかもしれない! 話したい!)  士朗の頭には、朝に拾った雪哉の落とし物で頭がいっぱいだった。  士朗が今休日を潰してしまっても構わないくらいにハマっているのは、『ファンタジーワールド・オブ・サガ』という人気のある王道ファンタジー系オンラインゲームなのだけれど、意外と士朗のそこそこ広いと思っている交友関係の中にもオンラインゲームとなるとやはりある程度のゲーマー気質でないとハードルが高いのか、今のところ現実世界でプレイヤーは見つけられていないのが現状だ。  唯一話が出来るのが敏之だけで、その敏之は基本ソロプレイヤーでなかなか一緒に冒険に付き合ってくれない。ゲーム上だけの仲間ももちろん頼もしいし交流も楽しいのだけれど、たまには現実世界でも色々と話したい事だってあるのに。  雪哉が落としたのは、そのゲームの一周年記念イベントの時に上位入賞者十名だけが貰えたはずの箔押しラミカードに見えた。  裏面にプレイヤーのアバターが印刷される特典だったはずだけれど、流石にあの一瞬でそこまで確認することは出来なかった。だが表面にゲームのロゴが印刷されていたから間違いないはずだ。  何故そんなに確証があるのかといえば、士朗もそれを狙ってイベント上位を目指していたからだ。残念ながらトップ五十には入ったものの、十位入賞とはいかなくて悔しい思いをした。このゲームはなかなか公式がグッズ等を出してくれないので、持ち歩けるアイテムがどうしても欲しかったのに。  だからこそ、それを持っている雪哉はかなりコアなプレイヤーである事は間違いなく、ようやく見つけた話し相手だ。正直なところ、雪哉がゲームをするというイメージが全くなかったので、今まで話題を振っていなかった。振っていた所で基本誰とも積極的に交流を持とうとはしない雪哉に相手にしてもらえたかどうかは別問題だけれど、士朗はそんな事を気にする性格ではない。  部活にも入っていない雪哉はホームルームが終わると、そのままさっさと教室を去ってしまう。  きっと明日になってもこの状況が変わることはないだろうから、ゆっくり話すのなら帰宅までの時間しかない。そう判断して士朗は慌てて鞄を持って立ち上がる。 「士朗、この後どっか寄って帰るか?」 「敏之悪い、今日は先に帰るな!」 「お、おい、ちょ……」  いつも一緒に帰宅している敏之が振り返ってこの後の時間の相談をしようとした時には、既に士朗は教室を出ようとしていた所だった。  片手で作った「ごめん」のポーズを残して、士朗がバタバタと教室から去って行くのを引き留めることも出来ず、朝に一言交わしただけの会話から士朗が雪哉の様子をそわそわと気にしていた事に気付いていた敏之は、単純な士朗の行き先が簡単に予想できたから「まぁ頑張れ」と見送るしか出来なかった。 「酒井! ちょっと待って、待ってってば!」  雪哉は背後からかかる声にうんざりした顔を隠しもせず、無視を決め込んですたすたと歩いて行ってしまう。士朗のような全く壁のないタイプは苦手なのだろう。あまり関わり合いになりたくないという雰囲気がひしひしと伝わってくるが、士朗は疎まれているとは少しも思わない笑顔で嬉しそうに走って追いかけ続ける。  雪哉が追いつかれるのは時間の問題だが、ここで走って逃げるのも目立つばかりで雪哉になんのメリットもないと気付いたのだろう。本当のところはダッシュで逃げたい気持ちでいっぱいだったのかもしれないが、同じクラスであるが故に雪哉は士朗の身体能力の高さを知っていた。逃げ切れない、そう判断したのかもしれない。 「…………何だ」  渋々と言った様子で立ち止まった雪哉に程なくして追いついた士朗に発せられた言葉は、たっぷり時間をかけて「関わりたくない」と言外に告げていたけれど、士朗はそういう機微を察したりはしない。  敏之に「コミュ力お化け」と言われる所以は、この嫌われるのを恐れない突進型の性格と、閉ざされた心を取り込んでしまう人なつっこい笑顔のせいだ。  何だか心配でほっとけない、と思われているだけな所も多少ある。 「酒井ってさ、ゲームするの?」 「わざわざ人を追いかけてきて、聞きたい事はそれか?」  雪哉が怪訝な顔をするのは当然だったが、士朗にとっては追いかけてでも聞きたい事だったので大きく頷くと、呆れた様な表情を向けられる。 「酒井がしおりにしてたカードってさ『ファンサガ』の、非売品カードじゃない?」 「……それが何だ」 「マジで! ホントに? やっぱりアレそうなんだ!?」  そうだとは思っていたが雪哉の言葉で本当にそれが本物だとわかって感動し、尊敬も込めてきらきらとした目で見つめると、雪哉が一歩引いてしまったので一歩追いかける。  じりじりと一歩引く追いかけるを繰り返していると、雪哉が盛大なため息と共に鞄から本を取り出し挟み込んでいたカードを取り出す。 「そんなに気になるならコレはやるから、俺にもう近づくな」 「は? ちょっと待ってよ、これ凄いレアなやつなんだよ! そんな簡単に手放すなんてどうかしてる! それに俺はカードが欲しいんじゃなくて、酒井とゲームの話がしたいだけっていうか……って、ちょっと待ってってば!」  雪哉が士朗にカードを押しつけて来たことに戸惑う士朗が顔を上げた時には、雪哉は走り去ってしまっていた。残された士朗は、手元に残ったカードを握りしめて呆然と立ち尽くす。  雪哉の姿が見えなくなってから、士朗は手の中にあるカードを見下ろした。そしてそこに描かれているキャラクターを確認して、驚愕に目を見開いた。

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