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第4話
「酒井、おはよう!」
「……近付くな、と言ったはずだが」
「わかったとは言ってないよ」
「ならもう一度言う。近付くな、話しかけるな、関わるな」
「やだ」
にっこり笑顔で返す士朗に、雪哉が顔をしかめる。
『ありす』と『スノー』は会う約束をしたけれどまだ『スノー』が雪哉と決まったわけじゃない。それに士朗は士朗として雪哉と友人になる道を諦めたわけじゃなかったから、登校して一番に今日も一人で本を読んでいた雪哉の元へ突撃した。
例え雪哉がゲーマーじゃなかったとしても、何故か士朗は雪哉と仲良くなりたいと思った。士朗にとって『スノー』と仲良くなることと、雪哉と仲良くなることは同じようでいて違ったから。
毎朝と言わず、毎休み時間、そして放課後と邪険にされるのをもろともせず話しかけ続ける士朗に根負けしたのは雪哉の方だった。
火曜水曜の二日間は士朗の一方的な会話だった物が、木曜日には雪哉からの相づちを勝ち取り、週末の今日は会話になっていなかった会話が成立するくらいには雪哉が一言二言、言葉を紡ぐようになっていたから。
追いかけごっこを傍で見ていた敏之には、まるで手負いの獣を懐かせる天才だと感心された。
そして更に今日はとうとう、放課後一緒に帰宅する権利まで得ていた。とは言えいつも逃げ出す勢いで帰り支度をする雪哉が日直の為に残っていたので、多少強引に付いて来ただけだと言われればそうなのだが、それでも先に学校を出た雪哉を追いかけるのではなく、学校を出るところから一緒だったのでこれは一緒に帰宅で間違いないはずだ。
「酒井は、休みの日は何してんの? 今度遊びに行こうよ」
「外に出るのは好きじゃない」
「そっか、じゃあ俺の家になら遊びに来る?」
「……っ、行かない」
「ちぇ、じゃあもうちょっと仲良くなったらまた誘おうっと」
「俺は、お前と仲良くするつもりは……」
「じゃあ、また来週な!」
「おい……」
いつも雪哉と分かれる分岐点まで来たので、しつこく食い下がるでもなく軽く挨拶をして手を上げた士朗に雪哉の方が驚いている。
押してダメなら引いてみろ、という様な計算は士朗には出来ないし、雪哉の帰宅を邪魔したいわけでもなかったから、この分かれ道がタイムリミットだと判断下までのことだったのだけれど、毎日士朗につきまとわれている雪哉には意外だったようだ。
今までも一緒に学校を出ることはなくても、士朗が走って追いかけて一緒に帰宅していたのだから、ここで分かれる際に意味も無く引き延ばしたりはしていなかったはずだけれど、今日は何か違ったのだろうか。
「ん? どうかした?」
「…………なんでもない」
「そう? じゃあまた学校でな」
士朗が雪哉の驚いた声に気がついて振り返り首を傾げると、雪哉は伸ばし掛けていた手をぎゅっと握って首を横に振った。何か言いたげな様子でもあったが、すぐにいつもの無表情に近いものに変わってしまったので士朗はそのまま手をぶんぶんと振って別れを告げ「今日はいっぱい喋れたなぁ」等と犬が尻尾を振って喜ぶが如く口に笑みを浮かべながら、雪哉とは別の方向へ歩き出した。
その後ろ姿を、雪哉がしばらくじっと見つめていたのには気付かないまま。
押しつけられて以降、仲良くなることに全力を出していた為に返しそびれていた雪哉の持っていた『ファンサガ』のカードを眺めながら、士朗はベッドの上に寝転んだ。
「やっぱ、酒井が『スノー』さんなのかなぁ」
『スノー』との約束は明日だ。つい先程までも、ゲームの中で一緒に冒険していた『スノー』はログアウト時に「明日楽しみですね!」とうさ耳をぴこぴこと揺らす『ありす』の頭を撫でながら「そうね」と返してくれた。
『スノー』は相変わらず優しいし、頼りになる。雪哉との共通点は結局見いだせないままだったけれど、一つ気になることはあった。『ありす』をじっと見つめて、時々何か言いかけて止める事が今までもたまにあったのだけれど、最近それが特に多い。「どうしたの? なぁに?」と聞いてみるが、それに対する返事はいつも「なんでもないわ」だったのだが。
その時にアバターがする仕草の、何か言いたげな雰囲気で伸ばしかけた手をぎゅっと握って黙る、というのが雪哉のそれと似ている気がするのだ。
話したいことがあるけれど、話せない。という様なそんな雰囲気が雪哉と『スノー』の共通点と言えばそうだった。
だが敏之によれば、気軽に友達とプレイしているライトなユーザーじゃない、曰くゲームヲタと呼ばれるような人種は基本的にコミュニケーションが不得意な人の方が多いし、ソロで行けるなら気軽にソロプレイする方が圧倒的に多いと聞いている。そう考えると、『スノー』と雪哉の行動は似ているけれど誰でもするよくある行動の様な気もしてしまう。
最初に困っていた『ありす』に声を掛けてきてくれたのは『スノー』の方だったから、人と話すことが苦手そうな感じは持っていなかった。でも『ありす』と組む前は『スノー』は完全なソロプレイヤーだったとも言っていたし、『ありす』がゲームに慣れて一人でも世界を歩き回れるようになってからは、こちらから誘わない限り一緒に行動する機会はほどんどない。
と言うことは、本当はコミュニケーションが得意ではない方なのかもしれない。そう考えると『ありす』に声を掛けてくれたのは奇跡のような出会いだったのかもしれないとも考えられるから、何となく『スノー』にとっての『ありす』は特別な気がしてちょっと顔がにやける。
士朗は元々ゲーム好きではあるのだが、それでも『ファンサガ』は導入が結構難しかったから、見ていられないくらい最初の『ありす』の行動が酷かったのかもしれないという可能性は脳内削除しておく。
『ありす』と会うのも、二人きりならという条件でOKしてくれた事もそう感じてしまう要因として大きい。雪哉だったとしても別人だったとしても、『スノー』に会えるという事実はただただ嬉しいのだから。
もしアバター通りの綺麗なお姉さんだったら、普通にお付き合いしたいレベルで『スノー』の事が好きだし、何故カードを雪哉に渡したのか聞きたい。知り合いでもない赤の他人と言うことはないだろうから、そこから雪哉と仲良くなるヒントになるかもしれないし。
そこまで考えて、雪哉と『スノー』が恋人同士の可能性に気付く。よくよく考えなくても、それが一番確率として高い気がしてきた。
仕草や行動が似ている理由も、雪哉がカードを持っていた理由も、それなら説明が付く。
(けど、それは何か……ちょっと嫌かも……?)
『スノー』は『ありす』の相棒だし、雪哉は違うと言うかもしれないが士朗の中では既に友人だ。その二人が付き合っているとしたら、士朗は大好きな人を同時に取られたような気がしてしまった。
『スノー』や雪哉が誰と付き合っていようと士朗には口を出せる事ではないし、今までと関係が変わってしまう訳でもないのに、なんだが胸がもやもやする。
(なんでだろ……? ま、実際どうかはわからないんだから、普通にオフで『スノー』さんに会えるのをまずは楽しまないと!)
自分で考えたはずの可能性に落ち込んでいる理由がわからなくて首を傾げながらも気持ちを切り替えて、士朗は手に持っていたカードを鞄に押し込み、そのまま目を閉じた。
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