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第5話
地元の駅から約20分、久しぶりに出てきた都会のカフェに士朗は約束の10分前に着いた。
人と会うことをあまり好まなそうな『スノー』との待ち合わせだったので、個室のある場所がいいかとも思ったのだが、所詮学生の身分では居酒屋に行けるわけでもなく、個室のあるお洒落な店を予約出来るわけもない。
雪哉かもしれないという可能性はあるものの、『スノー』が女性である可能性も多大にある。むしろ、あのカードを見ていなかったら、『スノー』と雪哉を繋げて考えることなんて絶対になかった。そうなると、多少人目のあるカフェの方が安心だろう。
というか『ありす』の方が恐らくというか絶対に女性だと思われているはずだ。自分でも、ゲーム内では結構可愛らしく演じられていると感じている。たまに素が出てしまうのはお愛嬌って事で流していただきたい。
だからこそと言うべきか、今日の二人の待ち合わせ場所に指定されたこのカフェは、よくあるチェーン店ではなく女子受けする優しい雰囲気の店内だった。とはいえ、男子高校生が一人でいても浮かない程度にはキラキラ可愛い系ではないのが救いだ。
でも注文を聞きに来てくれたウェイトレスに「待ち合わせなので注文は後で」と頼んだ時に、初々しいデートの待ち合わせだと思われているような視線は感じてしまったが。
テーブルに置かれた水を一口含み、窓の外へ視線を向けようとしたら手元のスマホが震えた。画面を確認すると『ファンサガ』からのチャット通知が来ている。
このゲームは基本的にパソコンやゲーム機を使って遊ぶ本格的なオンラインゲームだが、簡単なクエストやフレンドとの交流が出来るゲームと連携させられるスマホアプリもリリースされていた。そこにログインしていれば、ゲームをプレイしていなくてもSNSアプリのように簡単にフレンドと会話ができる仕様だ。
士朗は今まで使った事がなかったのだが、『スノー』と会うことが決まってから連絡手段としてダウンロードした。つい空き時間に遊んでしまえる分、勉強をしなければいけない時間等に誘惑がなかなか凄い。
『もうすぐ着きます』
アイコンはそれぞれのアバターになっていて、『スノー』のアバターから発せられた連絡に楽しみで顔がにやける。
大人数でオフ会をする時には、突然来られなくなる人もいつも何人かは出て全てが予定通りには行かないものだ。二人きりで会うとなると、そうなった時の寂しさは比べものにならないから、『スノー』がちゃんと『ありす』に会いに来てくれた事にほっとする。
『ありすはもう着いてる! 窓際の一番奥の席にいます。目印は、ウサギのぬいぐるみを持って来たよ』
素早く返事を打ちながら、ここに来る前に恥ずかしさを堪えて買った白くて小さなウサギのぬいぐるみをテーブルに置いた。初めて会う相手だし、お互いを認識する目印は必須だ。わかりやすく『ありす』はうさぎ、『スノー』はエルフらしく何か花をモチーフにした物を持って行こうという事になった。
実は男なんだと言いそびれたまま、うさぎモチーフの物を引き受けたはいいが、士朗がそんな可愛らしい物を持っているはずもない。慌てて今日少し予定より早く街に出て、最初に目に付いたウサギの何かを買おうと決めていたのだが、あまりにも女子力の高そうな可愛い店ばかりで気後れし、結局何とか唯一入り込めたのはバラエティショップだけで、女児用かもしれないと首をひねりつつウサギの可愛らしいぬいぐるみを買った。
『スノー』が女の子だと仮定して、せっかくだからアクセサリーやキーホルダー等にしてプレゼント出来たらと思っていたのだが、誰とも付き合った事が無い士朗には、一人で女子しかいないキラキラした店内に入るのはハードルが高すぎた。
出来る男っぽい格好良い用意は出来なかったけれど、ぬいぐるみもプレゼントには定番だろう。小さめのものだし邪魔にはならない程度のぬいぐるみを嫌いな女の子はいないと、信じたい。
返信後すぐに「了解」のスタンプが返ってきた。と同時に、店の入り口のドアが開く。そこには、一本の赤い薔薇を手に持った私服の雪哉が立っていた。薔薇を持っているなんて気障にも程があると思うのに、やたら似合っていてちょっと悔しい。
口をぽかんと開けて同学年のクラスメイトとは思えない格好良さに呆然と雪哉を見つめていると、雪哉が士朗を見つけてそのまま真っ直ぐこちらに向かって来た。
「藤堂……もしかして、お前が『ありす』ちゃん?」
「もしかしなくても、そう。悪かったな、可愛い女の子じゃなくて……やっぱりお前が『スノー』さんだったんだな」
「マジか……」
「まぁ、座れよ」
雪哉にしては珍しい言葉遣いが飛び出したところで、目の前にある椅子を勧める。
再び注文を取りに来たウェイトレスの姿に「コーヒーと紅茶、どっち派?」と雪哉に確かめてから、士朗は紅茶を二つ注文した。
実はこの店の売りは紅茶だったので、恐らく『ありす』が紅茶派だと言う話をしたのを覚えてくれていたか、雪哉も同じ好みなのだろうと予想していたが、どうやら合っていたようだ。
本当は色んなフレーバーティを試してみたい所だったが、多分それどころではないだろうから無難に店の一押しブレンド茶にしておく。
机の上に置かれた可愛いうさぎの引取先がなくなったな……と残念に思いながら、半分は予想通りでもあったので士朗は比較的冷静にまだ状況を受け入れられていない雪哉の様子を伺うことが出来た。
雪哉は結局テーブルに紅茶が二つ並び、それを口に含むまで一言も言葉を発しなかったから、見た目は変わらないが余程驚いているのだと思う。
「いつから、気づいてたんだ?」
「最近だよ。この間お前に押しつけられた、このカードのおかげ。それに今日会うまでは半信半疑だった」
恐る恐るという雰囲気でぼそりと呟いた雪哉の言葉に応えて、持ってきていたレアな非売品カードを机に出してそっと「返す」と示す様に雪哉の方に滑らせる。
「あぁ、そうか……アバターが印刷されてるから……」
「この間、拾った時に『ファンサガ』の報酬カードだって気付いてさ。ただ俺もそのゲームやってるから、話したいなって思って声を掛けたんだけど……お前全力で拒否するし、カード押し付けてきて「近付くな」とか言うし。印刷されてるアバター見て驚いたよ」
「お前はその後も、全然言うこと聞いてくれないどころか、滅茶苦茶声掛けて来たけどな……」
「だって俺はお前と友達になりたかったんだもん。別に『スノー』さんかもしれないからと思ったからじゃないよ」
「そう、なのか……?」
「あ、でも『スノー』さんが女の子じゃなかったのはちょっと残念かな。俺『スノー』さんの事、普通に好きだったし」
「それは、俺のセリフだ。あの可愛い『ありす』ちゃんがお前とか、正直まだ信じられん」
「おぉ、可愛いと思ってくれてたんだ! ありがとう。証拠、見る?」
「いや、それがある時点で疑いようはないからいい。気持ちの問題だ」
今までチャットしていたアプリのアイコンを見せようかとスマホを取り出すが、それはすぐに雪哉によって拒否された。そして視線で示されたウサギのぬいぐるみを見て「確かに」と頷く。
士朗が雪哉が『スノー』かもしれないと動揺して敏之に相談したのと同じように、雪哉も突然カミングアウトされた『ありす』の正体に戸惑っているのだろう。
それはそうだ。オンラインゲームで仲良くしている相手が、リアルの世界でこんなにも近くに居るとは普通思わない。しかも雪哉からすれば女子達曰く「近付くなオーラ」を日々発しているというのに、それをもろともせず踏み込んでくる苦手なタイプの士朗と、組んで冒険していたわけだから、すぐに納得できるものではないのだろう。
「そういえば、酒井って下の名前はなんて言うんだ?」
「どうして、急にそんなことを聞く」
「せっかくオンラインでもリアルでも友達になれたんだから、下の名前で呼びたいなぁって思って」
「俺はいつ、お前と友達に……?」
「いいじゃん、『ありす』と『スノー』さんは両思いだった訳だろ」
「女の子だと思ってたからな」
「細かいこと気にすんなって」
「細かいか……? まぁいい、雪哉だ」
教えろ教えろと語るわくわくした士朗の瞳に勝てなかったのか、雪哉が大きなため息と共に下の名前を教えてくれた。「雪哉、雪哉か……」と数回繰り返した後、ふと士朗が気付いて手をぽんっと打つ。
「あ、それで『スノー』なんだ!」
「単純で悪かったな」
「いや、俺も似たようなもんだし」
「……? お前の名前は『ありす』とは被ってないだろ」
「うさみみだろ?」
「いや、それを言うならアリスは追いかけ……」
「あー、そのツッコミはもう敏之にやられたから! 自分の適当な知識に地味に凹むから言わないで」
「敏之って、いつもお前とつるんでる奴?」
「そ、幼馴染なんだ。敏之も『ファンサガ』やってるんだぜ。ソロがいいって全然付き合ってくれないけど」
「……そいつとの方が、まだ気が合いそうだ」
「ちょ、酷い! 俺のがずっと『スノー』さんと一緒にいたのに! いつも一緒に冒険出来るの楽しいよって言ってくれるのに!」
「お前に言ってたのかと思うと、複雑だから止めろ」
拗ねる士朗の姿に冷静に手で制しながらストップをかけ、そして視線がウサギのぬいぐるみと一本の薔薇に注がれた後、雪哉がくっくっと笑い出した。
恐らく一周回ってこの状況が可笑しくなってきたんだと思う。かく言う士朗も、雪哉と知らず『スノー』にくっつき回って冒険していた頃を思い出して、段々楽しくなってきた。
「酒井って、笑うとそう言う顔もするんだ。絶対笑ってたほうがいいよ、俺はその方が好き」
「好きって……現実の俺は優しい『スノー』じゃないんだから、別に俺が笑ってても怒ってても関係ないだろ」
「関係あるよ。俺は『スノー』さんじゃなくてお前と仲良くしたいって最初から言ってんじゃん。それに『スノー』さんの正体が酒井なら尚更、絶対話し合うと思うし!」
「まぁ、それは……否定はしない」
「だろ? だから俺と友達になろ。いいよな、雪哉!」
「お前、本当に距離の詰め方ハンパないな」
「よく言われる。でも、好きを好きって言って何が悪いの?」
「『ありす』に対しても思ってたけど、お前のそういう所、尊敬するわ……」
「ありがとう」
「褒めたわけじゃ、ないんだけどな」
呆れた様な表情を向ける雪哉に笑顔を向けると、どうやら諦めたのか「もういい」とため息と共にカップを持ち上げ紅茶を含んでいた。
それから二人でゲームの話を始める出してみると、思っていた以上に盛り上がる。やはり、『ありす』と『スノー』の相性が良いと言うことは、士朗と雪哉の相性も良かったという事だろう。
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