6 / 8
第6話
あっという間に時間は過ぎ、二人のカップから紅茶が消える頃には、すっかり打ち解けていた。
それはこの一週間の士朗の突撃攻撃という下積みがあったからこそという所もあるかもしれないが、やはり好きな事を好きな人と話す時間は何事にも変えがたいと言わざるを得ない。これまで士朗が一方的に声を掛ける挨拶程度の交流しかなかった事が、信じられない位に波長があった。
ずっと話していられる、そう思っていたが時間は無情にも流れて行き、流石に長居しすぎたと感じる程には窓の外にある空の色が変わり始めていた。
それに、今日の夕方から始まるイベントを一緒にプレイしようと約束している。約束している相手は目の前に居るのだけれど、一緒に冒険に行くのを楽しみにしていたから、イベント開始までに帰らなければならない。
このまま話していたいけど、ゲーマー気質故にゲームもしたいのだ。アプリでは簡単なアイテム収集クエストくらいしか出来ないのが、残念でならない。
「……そろそろ、出よっか」
「そうだな、帰らないとイベントに間に合わないし」
「俺もそれに気付いたとこ!」
「やっぱり」
くすくすと笑う雪哉は、この数時間で見慣れたものになった。つい五日前に「近付くな」と冷たい視線で告げて来た相手とはとても思えなくて、士朗も嬉しくなって笑顔を返す。
士朗と雪哉の家の駅は違うものの、同じ高校に通っているだけ会って沿線は一緒だし、最寄り駅はそこまで離れてもいない。ぐずぐずとここで時間稼ぎをしなくても、まだもう少しは一緒に居られる。
席を立ち上がろうとして、ふとテーブルの上に鎮座しているウサギのぬいぐるみに気付いた。『スノー』が女の子だったらプレゼントするつもりだったそれをどうしたものかと思案し、士朗はちょっと乱暴にむんずっとそれを掴んでそっと雪哉に押しつける事にした。持って帰っても持て余す未来しか見えなかったから。
だからと言って、雪哉だってこんな可愛らしいウサギのぬいぐるみを貰っても同じように持て余すだろう。しかも、同級生の男からのプレゼントなんて自分だったら絶対に困惑しかない。
「これ、『スノー』さんに『ありす』からプレゼント」
「……え?」
「返品は受け付けない!」
「ありがとう」
「え? マジで引き取ってくれるの?」
「こんなものいらない」と言われるのを覚悟していたのに、雪哉は士朗が思っていたのとは違う反応をした。照れた様な、嬉しそうな、そんな表情で押しつけられたウサギのぬいぐるみを、そのまま受け取ってくれたのだ。
「『ありす』ちゃんからのプレゼントだろ、嬉しいよ。代わりに『スノー』からはコレ、受け取ってください」
ウサギのぬいぐるみの横に置かれていた一本の薔薇を手渡してくる雪哉は、登場時と同じようにいやそれ以上に気障だったのに、さまになって見える。同じ男子高校生とは思えなくて、悔しい。
流れるように渡すから流れるように受け取ってしまったけれど、よくよく考えると男が男にぬいぐるみを渡すのと競えるくらい、男が男に薔薇を貰うという図式もなかなかに変だ。
結局、お互いがお互い行き場を見失ったプレゼントを押し付あっただけなのかもしれないけれど、自分で買ったものを自分で持ち帰るよりも、まだ交換した方がマシかもしれないとも思う。
(それに、雪哉が言ってたみたいに『スノー』さんからのプレゼントだと思えば、確かにちょっと嬉しい……かもしれない)
「……ありがと」
薔薇を手にはにかむような笑顔を向けると、雪哉の手が士朗の頭をぽんぽんっと撫でた。いつも『スノー』が『ありす』にするようにな動作は慣れ親しんだものだったけれど、士朗として経験した事はもちろんなく、男が男にする動作じゃないそれに呆然とする。
士朗が戸惑ったように瞳を揺らして見つめたからか、雪哉も自分がした行動に気付いたらしい。
「あ、っと……悪い」
「いや、いいよ。『スノー』さんが『ありす』によくやってくれるけど、お前のそれって癖なんだな」
「誰にでもってわけじゃ、ないけどな」
「ん? 何か言った?」
「いや、もう行こうか」
「だな、なんか俺達注目を集めちゃってる気がするし……早々に立ち去ろう!」
「異議なしだ」
席を立ちながらプレゼント交換をする男二人は、店内で目立っていた。そりゃそうだ。士朗だって自分が当事者じゃなければ、思わず視線を向ける。
これ以上目立たないように、そそくさと会計を済ませて店を出た。
「俺、この次の駅」
「そうなんだ……」
電車の中でも話題は尽きず、車内アナウンスが次の駅名を告げた時に雪哉がそう言った事に少しだけ寂しさを感じる。これから一緒に冒険に行くために別れるというのに、寂しいもなにもあったものではないのだけれど、今日一日で随分と士朗は雪哉の隣に居ることに安心感を覚えてしまっていたらしい。
それは『ありす』が『スノー』と一緒に行動する時の、信頼関係による安心と同じような気もしたが、戦闘があるわけでもなく咄嗟の判断が特に必要がない状態なので、少し違う気もする。
(なんだろう、ずっと一緒に居ても変に疲れたりしないって言うか……)
士朗には友人が多い方だという自覚はある。みんなと一緒に居るのも楽しいし、雪哉が唯一という訳ではないので執着とは違うはずだ。
けれど一緒に居るのが落ち着くという感情を抱く相手は今まで居なかった。唯一、敏之だけは気を遣う必要がないから楽だと感じるけれど、ずっと一緒に居たいと言うのとはちょっと違う気がする。
「どうした?」
「俺、雪哉が女の子だったら、彼氏に立候補してたかも」
「急に何だ」
「なんか、居心地いいんだもん。離れると寂しい~、みたいなさ。こういうの今までなかったからちょっと驚いてる」
「俺は、お前が男でも好きだし、離れるのは寂しいよ」
「……え?」
「……友達として、な」
「な、なんだ……そっか、そうだよな。俺も雪哉の事、大好きだよ」
「うん、嬉しい」
友達として、と言っているのに、なんだかその会話にむずむずする。笑う雪哉の視線が優しすぎるからだろうか。今まで冷たい目しか向けてくれなかった相手が急にデレた効果かもしれない。
(なんだろう、この感じ……)
昨晩、雪哉と『スノー』さんが付き合っているという可能性を考えた時のもやもやと繋がっているような気持ちがする。実際のところ二人は同一人物だったし、その二人共が士朗を好きだと言ってくれてはいるのだけれど、士朗が欲しい好きとは違う様な、はっきりとしない気持ちが胸の奥でくすぶっている感じ。
「この後ゲームするのは楽しみだけど、何かまだ喋ってたいな」
「……お前って『ファンサガ』は何でプレイしてる? ゲーム機? それともパソコン?」
「ゲーム機だけど、それがどうかした?」
「ならセーブデータ抜いて、うちに来ないか? 俺どっちのバージョンも持ってるからパソコンでもプレイ出来るし、ゲーム機の方を貸せるよ。泊まり大丈夫だから、今日と明日うちで一緒にプレイとか……どう?」
「マジで!? 行く!」
即答する士朗に雪哉は「前のめり過ぎ」と笑うが、大好きな『スノー』と隣で一緒にプレイ出来る日が来るなんて思っても居なかったから、本当に飛び跳ねるほど嬉しかった。もちろん、雪哉と一緒にいられるのもそれ以上に嬉しい。
「じゃあ、一時間後に次の駅の改札前で待ち合せで大丈夫そうか?」
「おぅ、俺はこの先二つ目の駅だから、帰ってすぐデータ取って引き返してくる!」
「そんなに急がなくても大丈夫だと思うけど」
「だってもうすぐイベント始まるし、早く一緒にプレイしたい」
「わかった、じゃあ早めに待ってる」
「うん、じゃあまた後で」
まるで会話に合わせる様に電車の扉が開き、雪哉はホームへと降りて行く。すぐさま動き出した電車の中から手を振ると、くすりと笑った雪哉が手を振り返してくれた。
「何だあいつ、可愛すぎるだろ……」
にこにこと笑う士朗の姿が電車と共に消え去ったホームで、雪哉が顔を赤くして口を押さえて呻くように呟いた言葉を、聞きとがめる人は居なかった。
ともだちにシェアしよう!