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第8話
「すっげぇ! 美味っ! 何コレ、お前天才か!」
「口に合ったようなら何よりだ。とりあえず落ち着いて食え」
目の前に並べられた夕食に目を輝かせた士朗は「いただきます!」と手を合わせた後、一口頬張って更にキラキラとした視線を雪哉に投げる。つい先程、士朗の尊敬の眼差しを呼び込んだ従兄に嫉妬したばかりだったはずなのに、それも吹き飛ぶ位に可愛いその姿にを手に入れて気分が上がるなんて現金だなと苦笑している雪哉の気持ちには全く気付かないまま、士朗はにこにこと頬いっぱいに食事を頬張っていた。
箸を止めたまま、そんな士朗の食べ続ける姿をじっと見ている雪哉に士朗は首を傾げる。
「……どうした?」
「お前、ほんと素直な」
「意味が良くわからないんだけど」
「美味しそうに食うな、って事だよ」
「だって美味いもん。ゲームも一緒に出来て美味い飯も食わせて貰えるとか、雪哉が一人暮らしだったら入り浸る自信あるわ」
「……高校卒業したらするつもりだから、いつでも来たら良い」
「そうなのか? そりゃ有り難いけど、志望校遠いの?」
「そういう訳じゃないが、前々からこのタイミングで家は出るつもりだったんだ」
「へぇ、雪哉って何か色々とちゃんと考えてるんだな。部屋も何か難しい本ばっかり置いてあったし」
「お前……エロ本探しただろ」
「なんでわかったんだよ!」
「じゃないと、お前が俺の本棚に興味を示す理由がない」
「ちょ、酷ぇ! でも間違ってないのがまた悔しい! しかも見つけられなかったし!」
「そう簡単に見つかるような場所には置いてない」
「あ、興味ないわけじゃないんだ」
「俺も男だからな」
「雪哉の好みってどんな子?」
「……わかって聞いてる訳じゃ、ないんだよな?」
「ん? どういうこと?」
「いや……まぁ、可愛い系……かな」
「ふぅん……」
「おい、なんでちょっと機嫌悪くなってるんだ?」
「別に、悪くなってないし」
「お前、わかりやすいんだから嘘ついてもすぐバレバレだぞ。何だ、もしかして「俺の好きなのはお前だよ」とか言って欲しかった?」
「ばっ……違う!」
「え……? 本当にそうなのか」
「だから、違うってば!」
士朗は雪哉の好みを聞いて機嫌を悪くしたつもりはなかったのに、重ねられた言葉に過剰に反応してしまったからだろうか、雪哉が目を見開いている。
士朗も何故こんな反応をしてしまったのか自分でもわからない。段々と顔が赤くなってしまっている様な気がするのは、事実だからではないと信じたい。
「ご馳走様! 早く部屋に戻って続きやろうぜ」
何かを誤魔化すようにぱんっと勢いよく手を合わせて立ち上がって食器を流しに運び、どことなく逃げるように二階へと駆け上がる。背後で慌てたような雪哉がガチャガチャと食器を片付けている音が聞こえて、すぐに追いかけてくる気配がした。
「待てって……!」
「な、なんだよ」
士朗が部屋に飛び込むように駆け込むのと、雪哉がその腕を取ったのはほぼ同時だった。ちらりと伺うように顔を上げると、思った以上に真剣な顔をした雪哉と視線がかち合う。
思わず怯むと悲しそうに瞳が揺らすから、こっちが悪い事をしているような気がしてしまう。実際に逃げ出したのは士朗の方だけれども、雪哉がこんなに必死な顔で追いかけて来るとは思っていなかったから、びくつくのは仕方ないと思う。別に傷つけたいわけじゃない。
「言っておくが、俺の好みの可愛い系は『ありす』ちゃんだからな」
「へ?」
「ちなみに男の好みは、お前だ」
「へぁ? え……ぇぇぇぇぇ?」
「お前が気にしているのは、そういう事だろ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 何で……いや何がそうなってその結論に……?」
「違うのか?」
「え、う……ーん、違わない……、かも……?」
「疑問を疑問で返されても、俺にはお前自身の気持ちはわからないぞ」
突然の雪哉の告白に頭がパニックになりかけるが、雪哉が冗談で言っているのではないことはその真剣な表情でわかったし、何より確かに雪哉の好みを自分から聞いておいて、自分じゃない誰か知らない女の子の影が見えた途端に面白くないと感じてしまっていた気持ちが吹き飛んだ。むしろ唐突な告白にもかかわらず、ちょっと嬉しいとさえ感じている。
(あれ、俺もしかして雪哉の事そういう意味で好き……なのかな)
話が合う友達としてとか、大好きな『スノー』だからとかじゃなくて、酒井雪哉という男を友達以上の意味で好きだと思っている? 傍に居るのが一緒に居るのが心地良いと感じるのは、そのせい?
そうだと仮定して考えると、昨日からちょくちょく感じていた胸につかえるようなもやもや感が、それで説明出来てしまうような気がした。
(えー、嘘だろ……? 俺、男もいけたのかなぁ)
ずっと女の子が好きだと思っていた。友達としては男女問わず誰とでも仲良くなれるけれど、付き合いたいとかずっと一緒に居たいとか、そんな恋愛感情を持ったことは今までなかったから、良くわからない。
でも、ずっと小さい頃から一緒に居る敏之の事をそんな風に見れるかと問われれば、それは否としか答えられないから、誰でも言い訳ではないのだと思う。
『スノー』が雪哉だとわかって、女の子だったら良かったのにと思った。それなら付き合えるのにって。初めての恋愛感情は、一瞬で失恋の道を辿ったはずだったのだけれど。その好きは、女の子だからじゃなくて雪哉だから好き、だったのだとしたら。
「俺、雪哉の事が好き……みたいだ」
ぽろりと言葉が溢れる。それを聞いた雪哉が驚いた様に目を見張って、そしてゆっくりと確認するように士朗に真っ直ぐ視線を合わせた。
「それは、友達として?」
「さっきまでそう思ってたんだけど、何か違ったみたい」
「なら、抱きしめてみてもいい?」
「えっ……? う、うん……いい、けど……雪哉の好きは友達として、なんだよな」
カフェからの帰り道、電車の中で確かにそう言っていた。あの時は自分の好きが友達の好きだと思っていたから、同じように思っていてくれていることに嬉しさしかなかったけれど、今はそれが辛い。俯いた士朗を、雪哉がそっと抱き締めた。
士朗と雪哉の身長差はそこまで広くはないはずだが、やはり士朗の方が少し低いからだろうか、すっぽり包み込まれている安心感がある。
「お前がそう思いたいみたいだったからさっきはそう言ったが、俺の気持ちは間違いなく恋愛感情だ」
ほんの少しも拒絶反応が出ないどころか、繋がり合う体温が心地良い。耳元に囁くような雪哉の声は、それが本心だと伝えてくる真摯さで疑いようもない。
「それって、俺と同じ気持ちって……事?」
「そう」
「いつ、から……?」
「……お前が嫌がる俺を無視して、遠慮無く学校で話しかけて来た頃から」
雪哉が「本当はもっと前からだけど……」と心の声が思わず出てしまった様に呟いた言葉は、あまりにも小さすぎて士朗には届かなかったけれど、例え届いていたとしても士朗はその前の言葉で充分に驚いていたから、気付かなかったかもしれない。
「え!? 俺が『ありす』だってわかってからじゃないの?」
「俺は『ありす』ちゃんの事をずっと好きだったから、確かに決定打は今日だけどな」
「でもそれって俺が『ありす』じゃなくても、好きになってくれてたって事?」
「そう言う事だ」
「……やばい、凄い嬉しい」
思わずぎゅっと自らも両手を雪哉の背中に回すと、抱き合う形になった。数時間前いや数十分前までは考えもしなかった状態にあるのに、雪哉の胸の中はなんだかとても落ち着く。一緒に居るのが落ち着くし離れたくないと感じた初めての気持ちの正体は、実際の所とても単純なものだったらしい。
ふふふ、と雪哉の耳元で笑ったのがくすぐったかったのか、雪哉が少し身体を離すと、至近距離で見つめ合う状態になる。
(あ、これって……)
士朗の思考が今の状況を把握しきる前に、雪哉の唇が士朗のそこへと重なった。
何が起きたのか理解した後、一瞬のようでけれど凄く長くも感じたキスから解放された時には「はぁっ」と大きく息を吸い込まなければならない位には、呼吸を奪われていた。
ぼうっと酸素が足りなくてぼやける思考の中に、雪哉の優しい表情がいっぱいに広がる。それは間違いなく『ありす』を見つめる『スノー』のそれと同じだった。
「藤堂、俺と付き合って下さい」
「うん、よろしくお願いします」
「本当に、いいのか?」
気付けば、こくりとそう頷いていた。本当はまだ混乱の中に居たから、ちゃんと自分の気持ちを考えてみるべきなのだろうとは思う。男同士なのにとか、雰囲気に飲まれただけじゃないのかとか、一度冷静になって考えるべきなのだとわかってはいる。
けれどいくら考えたところで、きっとこの心地よさは手放せない。それだけは確信していたから、士朗はいつもの自分らしく思ったまま行動してしまうことに決めた。だっていつも、それで後悔した事なんて無い。
「俺の事は、士朗って呼んでよ。名字で呼ばれると距離が縮んでない気がする」
「『ありす』ちゃんのが、いいんじゃないのか?」
「何でだよ!」
反射的に叫んだ士朗に向けられる雪哉の笑顔がくすぐったい。だってそれは、見たこともない位に幸せそうだったから。雪哉がこんな風に蕩けた笑顔を作れるなんて知らなかった。きっとこれは士朗だけの物だ、そう思うと士朗もこの上なく幸せになれたから、自分の判断は間違っていない。
「どっちも好きな人の名前だから、大事にしたいんだよ」
「『ありす』は『スノー』さんが呼んでくれるから、いい。雪哉はちゃんと俺の名前を呼んでよ」
「……わかった。士朗、好きだよ」
「何か、照れるな」
「お前が呼べって言ったんだろ」
ぐっと腰を抱き寄せられて、身体がこれ以上無いくらいに密着する。雪哉の手が頬に添えられて少しだけ上を向かされた所で、ふいに士朗はここに何をしに来たのかを思い出した。
「って、そうだ。イベント! まだ途中!」
「お前……この状況で、それ思い出すのか……」
「雪哉が『ありす』ちゃんなんて、呼ぶからだろ」
「はぁ……まぁいいさ。じっくりゆっくり……な。でも確実に落としてやるから、覚悟しろよ」
「え、何だって?」
「なんでもない。上位狙うんだろ、今日中にクリアして明日は周回するぞ」
「おぅ!」
笑顔で応えた士朗の唇に再び雪哉からのちゅっと触れるだけのキスが落ちてきて、気恥ずかしさから赤くなりながら慌てて雪哉を追しのけるが嫌なわけじゃない。むしろ嬉しい気持ちが大きくて、隠し切れていなかったのか顔を赤くしながらコントローラーを握る士朗を見つめる雪哉の優しい視線が、何だか居たたまれない。
再開したゲーム内の『スノー』は、いつも以上に何度も『ありす』を呼ぶ。ご丁寧にハートのスタンプ付きで、所構わず。
「用もないのに何回呼ぶんだよ!」
「『スノー』なら『ありす』ちゃんを呼んでいいんだろ?」
「さっきまでと、性格が違いすぎる……」
「友達と好きな子への態度が違うのは、当たり前だ」
「~~~~っ、ずるいぞ!」
「本当の事だ」
雪哉はそう言って、そのままゲーム内でも外でも「好き」を連発された士朗は、イベントが終わるまでずっと甘くなりすぎた雪哉によって翻弄され続けた。
けれどそれを心地よく感じてしまうのだから、士朗も相当なのだけれど。
好き攻撃を受けながら走りきったイベントは無事に上位入賞を果たし、レアアイテムを手に入れた『ありす』は最高の相棒である『スノー』へ、最大級の「大好き」をお返しした。もちろん、現実世界の恋人へ最高の笑顔と共に。
END
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