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第10話

 いわゆる「The 日本土産」というような、地方名菓や家電などは確かに上海でも人気があるが、日本との行き来の多い加瀬部長や郎主任の会社などでは、結局喜ばれるのは普通に日本人も口にしているような菓子や、日本人がオフィスで使っているような文具なのだ。 「あ、これはウチの分!お前も好きやろ?」  志津真が嬉しそうに出したは、贈呈用に美しく梱包されたものではなく、日本でならどこのスーパーでもコンビニでも売っていそうなお菓子だった。 「これは、初めて見ました」  中でも威軍が手に取ったのは、可愛い王子のキャラクターが付いた「ハッピーターン」というお菓子だ。日本ではクセになる甘じょっぱい「魔法の粉」で知られている。 「マジか!こんなウマいのに」  言うなり、志津真はハッピーターンの袋を開封してしまう。 「食事前ですよ!」  止めようとした威軍だったが、好奇心も隠せない。 「さすがに日本製ですね。丁寧な個包装ですか」  珍しそうに眺める威軍に、志津真が一つ摘まんで差し出した。 「食べてみ。絶対好きになるって」 「いただきます」  上海でも日本のお菓子はいろいろ買える。でもそれらは日本製ではなく、中国や韓国の工場で作られたものだ。それでも日本と同じ作り方で、ほとんど同じ味だが、日本で買うよりもやはり高い。  日本でのみ生産されているお菓子も、日本から直輸入する高級スーパーで手に入ることもある。菓子以外でも、食材や調味料など思いのほか何でも上海で手に入るが、もちろん日本で買う何倍もの値段が付けられている。 「どや、ウマいやろ?」  賞賛を期待して、志津真が威軍の表情を覗き込む。 「ええ。こんなの初めて食べました」  気に入った様子の威軍に満足して、素早く近づくと、恋人の唇に残った「魔法の粉」を志津真はペロリと舐めた。 「お前ほど、美味しい物はないけどな」 「また、そんなこと言う…」  呆れたように言って、それから威軍は幸せそうにクスクス笑った。 「ウェイが笑ってくれただけで、買ってきた値打ちがあるわ」    そして、志津真は他のお土産も出して並べ始めた。  「キットカット」と「カントリーマアム」の日本限定の抹茶味が何袋も出てくる。これは職場のみんなへ。各部署がクライアントに出すお茶請けとしても人気なので、日本へ出張した管理職は、職場中に行き渡るように買ってくるのが、最近の職場での暗黙の了解となっている。  とにかく「日本限定の抹茶味」というのは、どんなお菓子でも、とにかく喜ばれるのだ。上海に限らず、台湾でも、欧米人に出しても、とにかくハズさないのが「日本限定の抹茶味」なのだ。いわば日本からのお土産の「絶対王者」と言っても過言ではない。  そして、なぜか関西空港でも人気の北海道土産「ロイズのポテトチップスチョコレート」は、ちょっと高級なので、加瀬部長が抱えるチームの5つ分。これも甘じょっぱいという、日本人が大好きな味だ。  この中間的な味のお菓子というのは、実は日本以外ではあまり無い。お菓子は甘いもので、料理でも辛い物は辛い、甘い物は甘い、という物が多いのだが、一度日本の「甘辛い」を知ってしまうと、これもまたアジア人に限らず世界中で受け入れられる。  中国では、ビジネスランチ、ビジネスディナーが昔から重視されているが、それだけ「同じ釜の飯を食う」という行動に信頼関係を置いているということだ。そして、ちょっとしたお茶の時間に、日本の美味しいお菓子、しかも高級和菓子では無く駄菓子程度の物でも、一緒に食べ、「美味しい」という感覚を共有することで、驚くほど仕事が円滑になることがある。  日本のお菓子のクオリティがそれだけ高いということでもあるし、本来、「美味しい」には国境が無いということでもある。  あとは、日本茶のティーバッグや最近人気のフリーズドライの味噌汁、など加瀬の私物とでも言うべき長期保存ができる食品ばかりだった。 「そちらは?」  明らかに関空の免税店の大きなショッピングバッグが、もう一つ残っていた。 「見たいか?」  仕事の上では、加瀬部長のこういう子供っぽいところが鼻につくときもあるのだが、2人きりでこんな風にいる時には、そんな志津真が可愛いとさえ思ってしまう威軍だった。 「こっちはな、UNIQLOのシャツとボトム。上海にも売ってるけど、やっぱり日本で買った方が安いしな。下着まで買うてもうたわ」  関空の出国手続き後の免税コーナーにもUNIQLOのショップはある。  最近は、周囲の中国人がやたらとUNIQLOを有り難がり、上海にも大きな旗艦店も出来た。それでも、加瀬は割高の上海UNIQLO店で買い物をするのがイヤだった。  (日本で買えばもっと安いのに)と、関西人の加瀬は、そればかりが気になって、話題の下着やTシャツなども上海では「買ったら負け」とまで公言していたのだ。  だが、やっと日本で買える日が来たものの、上海への帰国を急いでゆっくりと買い物もできなかった。  それが、関空の免税ショップでUNIQLOを見つけた途端、さすがの加瀬も抑えが効かず、中国人よろしく爆買いをしてしまった。 「お前の分もあるねん」  そういうと志津真は次々と取り出し、テーブルの上に並べた。そして手早く仕分けすると、片方を威軍の前に置いた。 「これ、お前の分、な」  志津真が選んできたのは、完全にカジュアルな物とUNIQLOで人気の機能性下着なので、同じように身に着けていても、揃えて買ったと職場にバレるはずが無かった。2人の関係は、職場で秘密にしているので、これでも志津真は気を遣っているのだ。 「それから、こっちは来週のお前の誕生日プレゼント」 「え?」  志津真に言われて、反射的に威軍はテレビ台に載っているカレンダーを見た。自分の誕生日まであと1週間だとは、威軍自身忘れていたことだった。 「気になるやろうけど、誕生日までお預けやで」  そう言って、丁寧にラッピングされた高級店っぽいケースをブランドのバッグに入れて片付けた。  それとは別に、それぞれ愛用のオードトワレも志津真は忘れずに買ってきていた。 「ウェイウェイのシャネルと、俺のブルガリな」  そう言って志津真は、威軍が愛用している爽やかな香りのブルードゥシャネルを取り出し、テーブルに自分の分と並べて置いた。 「そんなん無くても、お前はエエ匂いするのに」  そう言うと、志津真は威軍の首筋に匂いを嗅ぐように顔を寄せ、どさくさに紛れて軽いキスをする。 「もう」  相変わらずの志津真の悪戯に、威軍は口では(たしな)めるが拒むようではない。    こうして、恋人同士の甘すぎる時間を楽しみながら、夜は更けていった。

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