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第14話
バスタブに誘われ、威軍は志津真に手を引かれた。
「これ、お前が帰る前に用意しておいた…」
そう言って志津真がシャンプーボトルの横から取り出したのは、何のことはない日本製の入浴剤だ。
バスソルトやバスオイルなど、日本と違い水道水に匂いや濁りがある上海でこれらを愛用する日本人は多いが、香りや効能、そして価格の点で、日本で買う入浴剤ほどコスパのいいものは上海では入手しにくい。
もちろん、日本製の入浴剤は上海にも売ってはいる。だが下手なブランドのバスソルトと変わらないほどの値段で売っているのだ。
これもまた、志津真の日本土産の1つだった。
封を切って、丸い固形状の炭酸泡の出る入浴剤を志津真が落とした。
ボトンと鈍い音がして、忽ちに白い泡が吹き出す。それはやがて淡いピンクを含んだ濁り湯となり、高級そうなバラの香りを伴ってバスタブを覆った。
アロマ効果というのか、この高貴なバラの香りは、強すぎず、甘すぎず、心地よさしか感じられない。そしてピンクがかった白く濁った湯は、日本の温泉を思わせて、癒される。
誘導するように、先に志津真がバスタブに入り、足を投げ出すようにして座った。
「おいで」
その上に乗るように、威軍は誘われる。恥じらいは拭えないが、ここには志津真しかいないのだ。命じられれば何でもできる。威軍はそう思った。
「そんなに…見ないで、下さい」
片手を志津真に取られ支えられるようにして、もう一方の手は壁の手すりを掴んで、威軍はそのすらりとした美しい足を、おずおずと湯舟に差し入れた。
譬えるのならば、まるでシンデレラが運命を決めるガラスの靴にそっと爪先を差し込むような緊張感だ、と志津真はじっとその様子を見つめる。
「踏まんといてな」
威軍の固い表情に気付いて、志津真は明るく声を掛ける。
「使えなく、なるから?」
「え?」
これまた威軍らしからぬ冗談に、威軍は目を丸くする。
そんな間の抜けた恋人の表情に、クスリと笑って、注意深く湯舟に入ると、慎み深く頬を染めながら、志津真の腰の辺りに座った。
少なめに入れていたお湯が、チャプンと溢れる。
その波打つ感覚が緩い愛撫のように感じられ、威軍は陶酔した表情で目を閉じた。その美しさに志津真は神々しささえ覚える。
郎威軍という人間は、特別な人間だと思う。これほどに美しく、聡明で、それでいて純真で、一途で、誠実だ。
外見の美しさだけでなく、人間としての「生」そのものが美しく優れている、加瀬志津真はそう思っているし、そこに惹かれている。これほど素晴らしい存在が、自分を愛してくれていることが信じられないほど、志津真は幸せだと思った。これほどに、深く、強く、誰かを愛するようになるとは自分でも不思議に思う。
この愛しい存在を、身体で確かめられるのは自分だけだと優越感とともに、自尊心も目覚める。
2人は共にいることで、相手を、そして自分自身をも高めることができるのだと、志津真は胸を熱くした。
「志津真…」
そんな恋人の気持ちを知ってか知らずか、威軍が甘えるように体を倒し、胸を合わせ、両手で志津真の頬を包むと、その神聖な美貌を近づけ口づけた。
最初は啄 むように軽く、少しずつ。それから徐々に熱意を込めて、欲望を絡めて、誘惑的に…。
「…ウェイ…」
加瀬志津真は、恋人の誘いを断るほど、残念な男ではない。求めに応じて、威軍の背中に手を伸ばし、強く抱きしめた。
艶めかしいキスを繰り返し、志津真は威軍が悦ぶよう掌を這わせた。その優しく的確な愛撫に、威軍の欲望は高まるばかりだ。
淡いピンクの白濁した湯で隠されていた2本の欲望が触れ合った。
「…!」
何かを言う前に威軍は両手を志津真の頬から放し、恋人の厚い胸に手をついて身を起こした。そして、はにかむように柔らかく微笑むと、志津真の目覚めた欲望をしっかりと握り込み、その硬さと大きさを確かめた。そして、そうっと腰を動かすと、それを自身の中へを迎え入れたのだ。
こんな大胆なことが威軍に出来るとは思わなかった志津真だが、威軍の自分への想いの表れだと感じた。
「無理…するな」
口では労わるが、何かを耐えるような威軍の表情は、志津真の物が中で容量を増したせいかもしれない。
ゆっくりと、少しずつ、威軍が腰を動かし始めた。
「ぅ…う」
強烈な締め付けに、思わず志津真の口から声が漏れる。
「っは…ぁ、あ…」
作業に熱心な威軍もまた、優秀であるがゆえに、恋人へ快楽を与える一方、自身もまた慰みを求めた。
最高の悦楽を求めて、動きが激しくなった威軍のせいで、バシャバシャと音を立てて淡いピンクのお湯が溢れる。
「…す、すごっ…」
思わず言葉が付いて出るほど、威軍の動きは巧みで、志津真も夢中だった。
2人ともに息が上がり、それがバスルームに反響する。ひどく淫らで、ひどく悩ましく、ひどく幸せそうな1コマだった。
心も体も満たされる…志津真がそう思って、絶頂を迎える寸前に、それは起こった。
「…?」
極上の行為を楽しんでいたはずの威軍が、急に動きを止めたのだ。
「あれ?…ウェイ…さん?」
不審に思った志津真が、我に返って、自分の上に乗る恋人を見上げた。
「ウェイ!」
その瞬間、がっくりと郎威軍は恋人の胸に倒れ込んだ。
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