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第8話

今から44年前。 鵜森家には1人の男の子が生まれた。 しかも、やっぱり僕と同じΩで生まれてしまったらしい。 その2年後に、僕の父親がβとして生まれた。 相楽家には、長男を差し出す約束になっていたので、それはもう、狂喜乱舞だったそうだ。 当時の次期当主である恭弥の父親。 政秀も、那月を番として迎える事に異論は無かったそうだ。 僕のおぼろげな記憶では、那月おじさんは線の細い綺麗な人だった。 家の体制に反発して、相楽の家に召し上げらそになる度に逃げ出していたと聞く。 そしてヒートになった時、那月伯父さんは当時小学生のαに首を噛ませたと噂で訊いた。 それは大問題になり、那月伯父さんは家を追い出された。 そして鵜森家の長男は、次男だった筈の僕の父親が代わりに引き渡された。 「あの時の小学生が…」 驚いた僕に、石井医師(せんせい)は微笑んで 「そう、俺」 って答えた。 「あの後、那月をうちで引き取って家族みたいに暮らしたよ。あいつも、この村から出られてみるみる変わった。明るくなった」 石井医師(せんせい)が優しく微笑んでそう答えると 「それで良かったんですか?あなたは、小学生で1人の人生を背負わされたんですよ」 僕の言葉に、石井医師(せんせい)は頭をかいて 「まぁ…なんだ。確かにガキだったけど、こいつは手放しちゃいけないって思ったんだ。実際、那月は俺が噛んだ後はしばらく落ち着いてたし、俺と那月がきちんと結ばれたのも、俺がちゃんと分別つくようになってからだしな」 と答えた。 「あいつには、随分辛い思いさせたんじゃなかろうかと思ってるから、その分、今では誰よりも幸せにしてやっている自信はある」 真っ直ぐ僕を見て答える石井医師(せんせい)に、僕は俯いてしまった。 自分の意思を貫いて、家を飛び出した那月おじさん。 でも、それがきっかけで僕も父さんもがんじがらめにされている。 僕は…父さんに会った事が無い。 相楽家に引き取られるまでの5年間は、祖母が僕を育ててくれた。 僕が知っているのは、父親が相楽家に幽閉されている鵜森葉月で、母親は相楽家の使用人だった女性としか聞いていない。 相楽家は自分の家名を汚す出来事は、全て闇の中へと消し去ってしまうのだ。 何も話さなくなった僕に、石井医師(せんせい)は悲しそうに微笑むと 「恨んでいるのか?那月を…」 と聞かれた。 恨む?…それは違う気がした。 羨ましいと思うし、幸せでいて欲しいと願ってはいる。 でも、素直に受け止められない自分が居た。 すると再びドアが開き、恭弥が入って来た。 「随分と珍しいメンツですね」 険しい表情で石井医師(せんせい)を睨んでいる恭弥に 「偶然だよ。俺はこいつを探して此処に来ただけ。さ…日浦、行こうか」 そう言うと、日浦太陽の首根っこを掴んで去って行った。 恭弥は警戒した視線を向けたまま、2人を見送ると 「月夜、何もされていないだろうな?」 と聞かれて、僕は苦笑いを浮かべる。 「何もって…何をされるの?」 そう呟くと、恭弥は僕の身体を抱き締めて 「時々、お前が消えてしまうような気がして怖いんだ」 と呟いた。 僕の頬に触れ 「だから、この貞操帯を外して番になってくれないか?」 恭弥の言葉に思わず身体が恐怖で震える。 恭弥の番になれば、僕は永遠にあの部屋から出られなくなる。 父さんのように、一生幽閉されて暮らすなんて嫌だと思った。 「月夜?」 返事をしない僕の顔を、恭弥が不安そうに揺れた瞳で見下ろす。 でも…その瞳はゆっくりと表情を無くし、冷たい視線に変わる。 「お前が逃げ出そうとしても、俺は絶対にお前を手放す気は無いからな!」 そう言うと、恭弥の腕が僕の身体をひっくり返し、床に押し付ける形で僕の制服のズボンのベルトを外す。 「恭弥!こんな所で嫌だ!」 必死に抵抗すると、強引に下着ごとズボンを下ろして僕の中へと恭弥を押し込んだ。 「いやぁ……っ!」 強引に身体を開かれ、濡れていない場所に凶器 を突き立てられて腰を振られる。 髪の毛を掴まれて 「お前は誰のモノだか忘れたのか?」 憎しみの色を浮かべた恭弥の瞳が、僕を見下ろす。 涙で滲む視界で恭弥の顔を見上げ 「恭弥の…モノ…です……」 そう答えると、頸に噛みつき 「だったら、お前のここを噛ませろ!口先だけで、お前もあいつが親父から逃げ出したみたいに、俺から逃げ出すつもりだろう!」 そう叫ばれる。 那月伯父さんが残した波紋が、今では僕を苦しめる。 痛みしか無い行為に、僕は恭弥の怒りが収まるまで耐えるしかない。 ヒートだったら、きっとこの苦しみも快楽に変わるのだろうか? あの日の恭弥の、僕を抱く腕はあんなに優しかったのに…。 今はまるで、憎しみを叩き付けるように痛くて冷たい。 この苦しみから、僕は逃れる事ができないのだと…ただ、絶望を噛み締めるしかなかった。

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