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第17話

祖母の葬儀は、今にも雨が降りそうな天気だった。 僕を5歳まで育ててくれた祖母は、僕が相楽の家に引き取られてから体調を崩しがちになったという。 8歳の秋、紅葉がハラハラと舞い落ちる中で、葬儀はしめやかに行われた。 鵜森の家は、那月おじさんが家出をしてしまい、僕の父親が相楽の家に囲われているので直系で継ぐ者は居ない。 鵜森の家は、代々女性が継いで名前を守って来た。 祖母は男の子2人の後に、女の子を出産していた。それが現在、当主を務めている菜津葉おばさんだ。 鵜森の女性は、代々、鵜森家を守る為の教育を受けて育つ。 なので、菜津葉おばさんは僕の事をとても可愛がってくれていた。 そんな祖母の葬儀で、喪主はもちろん菜津葉おばさんが務めた。 たくさんの弔問客の中に一際目を引く綺麗な男の人が居て、それが那月おじさんだと知った。 僕の父親も、もちろん参列した。 その時、初めて僕は父親の顔を見た。 那月おじさんと僕の父親は、双子かと思うほどに良く似ていた。 ただ、那月おじさんは芯の強そうな意志の強い瞳をしていたけど、僕の父親は、今にも消えてしまいそうなほどに儚い人だった。 僕は初めて父親に会えて、手を繋いで歩けたのが嬉しくて…その事しか覚えてはいなかった。 あの日、僕は父親に手を引かれて祖母の葬儀の参列を済ませると、又、離れるのが辛くて駄々をこねた。 僕を抱き上げた父親からは、甘い優しい匂いがしたのを今でも覚えている。 「葉月…」 声を掛けて来たのは、恭弥の父親で現在の相楽家の当主だった。 鋭利な刃物のような印象のその人は、僕の顔を見るとふわりと微笑んで頭を撫でると 「大きくなったな」 と声を掛けて来た。 代々、相楽家の男性はαだからなのもあるのだが、冷たい印象を与える切れ長の目をしている純和風の美形の一族だ。 恭弥にしても、まるで漫画から飛び出して来たかのような綺麗な整った顔をしている。 その人は僕を父親から預かると、大切そうに抱き締めて 「月夜…、お前はこの家に縛られずに生きて良いんだよ」 って呟いた。 そして僕を那月おじさんの元へ連れて行くと 「お前が望むなら、このおじちゃんと一緒に外の世界へ行きなさい。それが出来るのは、今だけだ」 そう言われた。 その時、那月おじさんの後ろに居た男の子が、僕に微笑んで手を差し出した。 「一緒に行こう」 クリクリとした大きな目が印象的で、思わず手を出し掛けた時、思い出したんだ。 相楽家に召し上げられた日、庭で泣いている僕に恭弥が 『泣かないで。俺がずっと、きみの傍で守って上げるから 』 と、手を差し伸べてくれた。 僕がキョロキョロと辺りを見回すと、恭弥が木の陰から僕達を見つめていた。 「恭弥は?恭弥は行かないの?」 僕の声に、那月おじさんは悲しそうに微笑んで 「彼のおうちは、相楽のお家だからね」 そう言って僕の頭を撫でた。 恭弥は無表情で、ただ黙ってこっちを見ていた。 でもそれだけで、僕には寂しがっているのが手に取るように分かった。 「恭弥が一緒じゃなきゃ……僕は行かない」 差し出された手に触れる前に、僕は手を引っ込めようとした。 するとその手を、クリクリの瞳をした少年が掴んだ。 その時、僕の全身に静電気が起こったような衝撃が走る。 それは、目の前の少年も同じようだった。 「きみ……もしかしてΩなの?」 そう言われて、僕は彼の手を振り解いて父親の後ろに隠れた。 「見つけた!ボクの運命の番!」 彼はそう言って、僕の手を再び掴もうとした。 怯える僕の目の前に恭弥が立ち塞がり 「月夜は俺の番だ!」 と叫んだ。 「きみは運命の番じゃないだろう?邪魔しないでよ」 その時の僕は、その少年から発するオーラが怖かった。 αの持つ絶対的な自信と、揺るがない芯の強い瞳。僕は恭弥の手を握り締めて 「僕は行かないよ……」 と呟いた。

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