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第30話

季節が移ろい、僕の妊娠は確実なものになった。太陽は複雑な顔をしていたけど、元々優しい子なんだろうな。 何度も出て行こうとする僕を引き止め、今では父親の真似事をしている。 「考えてみたら、ヒートの時のすぐ後でしょう?俺が父親かもしれない」 そう言って笑う太陽に、僕は何度も救われた。 恭弥は山場を乗り越えたけど、いまだに目を覚ます事は無かった。 医療費は相楽の家から出ているらしいが、敦子様の事が向こうで公になるのを恐れ、恭弥は運ばれた病院で今も眠り続けている。 僕は毎日、病院へ足を運び 「恭弥、お腹が大分目立って来たよ」 「恭弥。赤ちゃん、順調だって」 手を握り、ずっと話しかけ続けた。 石井先生の話では、このまま目を開ける事無く内臓の機能が衰えて亡くなるかもしれないと言われた。 「恭弥……、目を開けてよ……」 温かい大きな手を握り締め、僕は恭弥を失う恐怖と背中合わせの日々を過ごしていた。 春が来て…夏が過ぎ…、秋を迎えた頃に、僕は恭弥にそっくりな男の子を出産した。 相楽家と鵜森家から援助があり、石井先生曰く。3人で生活していた頃より、裕福らしい。 石井先生も那月おじさんも、何故か太陽までもが可愛がってくれて、たくさんの人の優しさと愛情で僕と恭弥の子供はスクスクと育っている。 「今日、検診の後に病院に連れて行くんだろう?」 息子の恭介に上着を着せている僕に、那月おじさんが声を掛けて来た。 恭介が生まれて一番喜んだのは、なにを隠そう那月おじさんだった。 「俺も原稿終わったし、気分転換に一緒に行くよ」 そう言って車の鍵を手にした。 「恭介、那月お兄ちゃんの車でお出かけしような〜」 って、僕が抱っこ紐をしている恭介の頬に触れた。 今日も、眠り続ける恭弥に声を掛けに行く。 いつ目を覚ますのか…。 それともそのままなのか…。 不安に押しつぶされそうになる僕を、3人が支えてくれた。 「あれ?今日は3ヶ月検診?俺も一緒に行って良い?」 大学生になった太陽が、僕たちの声を聞きつけて部屋から出て来た。 ……結局、毎回、恭介の検診や病院はこの4人なんだよな。 僕が苦笑いを浮かべると、那月おじさんが車にエンジンを掛けた。 病院へ検診に行くと 「あらあら!又、若いパパとおじいちゃんと一緒で良いですね〜」 って看護師さんに言われる。 「おじいちゃん…」 「若いパパ!」 落ち込む那月おじさんと、喜ぶ太陽を横目にいつもの病室へと向かう。 病室に入ると、相変わらず眠る恭弥の姿。 「恭弥、今日はやっと僕たちの子供を連れて来れたよ」 僕は話しかけながら、部屋のカーテンを開ける。 今日はなんだか温かい日差しが窓から差し込む。 太陽は恭介を抱っこしながら 「早く目を覚まさないと、俺が父親になっちゃうよ〜」 って言いながら、恭介をあやしている。 僕が恭介をあやす太陽を見て笑っていると、恭介が突然、恭弥に手を伸ばして何か話している。 「どうした?恭介」 僕が抱っこして恭弥のそばに連れて行くと、恭介が恭弥の頬に触れて「う〜、う〜」って話しかけている。 恭介の小さな手が、恭弥の頬をペチペチと叩いて何かをずっと話している。 すると恭弥の瞼がぴくりと動いた…ような気がする。 「恭弥?」 僕が恭弥の手を取って叫ぶと、ゆっくりと恭弥の目が開いた。 「月夜…」 声が出ない唇が、僕の名前を呟く。 「恭弥!僕が分かる?」 嬉しくて涙が溢れ出す。 僕の声に、太陽は僕たちに近付き 「先生!…俺、那月と医者を呼んでくる!」 そう叫んで病室を飛び出した。 恭弥はゆっくりと微笑み、僕の頬に触れる。 「おはよう、眠り姫。待ちくたびれて、先にきみと僕の愛の結晶を1人で産んじゃったよ」 僕の頬に触れる恭弥にそう呟いて、僕は恭弥の唇にキスを落とした。 やっと…やっと…僕たちの時間が動き出した。 これからゆっくり、3人で幸せの時間を紡いていこう。[完]

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