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5話 うさぎ探偵の名前(仮にイタルとする)

 既に本日の営業を終了した中瀬電機へ戻ってきた。文雄は誰もいない店内でパソコンを起動する。  サーバに残っているファイルをダウンロードして、自分のスマホの中に入れ直す。これでいつでも時間の空いた時に手直しすることが出来る。ずっと店内にいるわけでもないし、他人の目もある。 「なんだ……ったんだろうなあ」  よくわからない時間だった。  到流の家には確かに祖母しかおらず、ひどく静かな印象の家だった。素朴な味付けの夕食を出されて、初対面の三人で淡々と食べるという光景はどことなくシュールだ。けれど到流の祖母は文雄の来訪をとても喜んでくれて、ひとしきりネバドワで遊んだあと「またおいでくださいな」と帰り際にか細い声で言った。  考えても仕方ないので、先ほどサウナで考えていた『うさぎたちの昼と夜』を再度組み上げる。文雄の書き方はプロットなど立てず、ぼんやりとしたイメージをとにかく吐き出してゆく。それはとても不確かな道筋だが、最後にはいつもどうにかなるのだ。    ◇ ◇ ◇  そもそも少年が事件現場に居合わせたのはたまたまだった。昼食を摂ろうと適当に店を探していて選んだレストランに入ったら、人が死んでいた。一旦追い出され現場周辺を捜査をしていた少年は、通報もしておかなければと警察に連絡した。店の人間が通報していたかもしれないが、重複したところで特に問題はないだろう。  店内には三人いた。  一人目は店長と思しき人物。あとは客の男女が一組だ。そして床に倒れている男。 「──なんなんだ、俺は関係ねえぞ。飯を食いに来ただけだ」  男性客が叫んでいた。連れの女性は床に流れる血を見て青ざめている。刑事が来たことに安堵したのか、店長(仮)は、倒れた男を見て呟いた。 「この人はここの店長です」  店長(仮)は店長ではなかった。 「あなたは?」 「私はここのコックです。ご注文の品を作っている時に、フロアで悲鳴が聞こえて……見たら店長が……」 「なるほど」  刑事はしかめっ面で店長の遺体を見つめてから、ふと少年に目をやった。 「おう、うさぎ探偵」 「お久しぶりです、刑事さん」 「うさぎ探偵?」  訝しんだコックに、刑事は軽く笑った。しかめっ面からの笑顔のギャップに、女性客が熱い視線を送る。刑事は意外と良い男だった。それに気づいたのか、連れの男性客がむっとしている。 「うさぎ探偵というのは二つ名(ニックネーム)です。僕の名前は……」    ◇ ◇ ◇ 「──と、名前考えてなかったな。いいや、仮の名前つけとこ。えーと『イタル』でいいか」  今日出会ったばかりの到流の名前を勝手に借りて、文雄は話を進める。それから5000文字ほど思考の赴くままに書き連ねていたら、今日がいつの間にか昨日になっていた。  目が疲れた。保存したデータを先程と同じようにスマホに移し、そろそろ就寝することにした。

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