1 / 1

第1話

「あーーーーーーーーー!」 跳ねあがって、すぐに膝を折り、土下座するように地面に顔を突っ伏した。突きだす尻に手を当てながら。 言葉にならない呻きを上げながら、ただただ震えるのを見下ろし、合わせた人差し指に、口をおちょぼにして「ふっ」と。イメージは銃口から煙立つのを吹くように。 「俺に入れられないカンチョーはない」 主に男が男の肛門に指を突っこむカンチョ―。メジャーなイタズラのようで、案外、一発ドンピシャで入れるのは難しい。割れ目を外して、尻たぶに突きさすことも多々あり。 が、小学校のころの俺は百発百中だった。といって、そんな馬鹿げた才能あったとして、誇れないし、人生は薔薇色にならない。と思いきや、そうでもなく。 中学生のころ「許せないあいつにカンチョ―してくれないか」と合掌され頭を下げられた。曰く「人からレギュラーを奪って、申し訳なさそうにするどころか『ざまあ』とばかり、ふんぞり返っているのに一泡吹かせたい」と。 そいつとは親しかったし、実際、相手を見たら、聞いた通り、おこがましく調子こいていたから、カンチョ―で鉄槌を下してやった。洒落にならない暴力まで至らずに相手を痛めつけ、恥をかかせることができたのに依頼者は満足してくれ、報酬にはやきそばパンを。 このことが評判となって、以降、ぼちぼちとカンチョ―報復を依頼されるように。まだ中学生だったから、報酬はパンやお菓子、文房具など可愛らしいもんだったけど、高校に上がると、なにかと入り用になり「バイトをせずに稼げるかも」と本格的に商売をしだした。 日々、こつこつカンチョ―をして、おかげで今は、初回限定の特典レアアイテム、アイドルのオフショット写真集を愛でられている。「ふはー」と感嘆して吐息すれば、机の向かいに座る友人は呆れたように、ため息を吐き、コーヒー牛乳の紙パックを持つ手で指差してきた。 「そのうち痛い目にあうぞ」 カンチョ―で商売をしているのを、こいつだけは知っている。で、耳蛸に忠告してくるのだが、鬱陶しくも思わないで「だいじょーぶ、だいじょーぶ」と口笛を吹くように応じる。 「自分の正体がばれないよう注意してっし、報復したいっつうのに正当な理由がない限り、受けないようにしてっし」 そう、依頼されるまま、誰彼かまわずカンチョ―をしているわけではない。依頼者から詳しく聞き、被害妄想による八つ当たりや、自分本意な逆恨みと判断したら、お断りをする。 依頼を受けたとして「俺がどうこうの理由で、○○にカンチョ―してもらうよう頼みました」と録音するなど、万が一に備えているし、もちろん、自らも尻尾をつかまれるようなヘマをしない。と、小学校低学年がするようなイタズラながら、慎重を期して臨んでいたのだが、つい金に目が眩むこともあり。 突如、発表された、愛しいアイドル五年の軌跡を追ったDVD発売。未公開映像満載のDVD五枚組のお値段は、なんと十万円。しかも限定の販売数は少ない。 「どうすっぺや」と頭を抱えていたところ「『好きな人ができた』とフラれた。その好きな奴ってのにカンチョ―を」と依頼された。浮気されたり、略奪されたでなく、彼女の心変わりによって別れたなら、相手に非はない。という判断をし、本来なら、受けないが、販売日が迫っているとあれば、選り好みはできず。 「相手は武道をしているから、気をつけろ」とアドバイスされたとはいえ、いまだ全戦全勝の俺は、そういう有段者もカンチョ―でねじ伏せてきた。「無敵のカンチョ―に敵う者なし!」と勇んで合わせた人差し指を突っこんだところ、びくともせず。 外してはいない。が、わずかに爪先が刺さっているのが、それ以上、潜りこめない。固く閉じきって、どころか、鋼のような筋肉の弾力でもって押し返しているような。 むきになって、指を捻じこもうとしたら、手首をつかまれ、次の瞬間、宙を一回転して地面に背中を叩きつけた。ただただ放心するのを、凛々しいイケメンが冷ややかに見下ろし、いつもとは逆に決め台詞のようなものを吐いたもので。 「この痴れ者が」 ※  ※  ※ 「ああ、そいつな。幼いころから合気道をやっているので有名だぞ。武勇伝も多くて、逃げるひったくりをはっ倒したとかで、警察から表彰されたとか」 「知らなかったのか?」と友人に聞かれ、机に突っ伏していた顔を上げて「俺が入れられないカンチョ―があるなんて・・・」と呟く。「やべー、かっけー」と目を細めれば「そこは、悔しがらないのか?」と眉をしかめられ「なにがなんでもカンチョ―してやる!とかさ」と。 カンチョ―で商売するのに苦言をしていたはずが、初の失敗に気を使っているようなのが笑える。その優しさを無下にするように「むしろカンチョ―されたい・・・」と頬杖をついてうっとりしたら「心配はしていたけど、まさか一目惚れするなんてな」と遠い目をしつつ、それ以上、小言を口にはしなかった。

ともだちにシェアしよう!