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第15話

「バーディン、私を殴ってくれ」  互いの体を風呂で清めたあと、リオラムは神妙な面持ちでそう切り出した。ベッドに並んで腰掛けるリオラムはバスローブを羽織っていたが、着替えるもののなかったバーディンは腰にタオルを巻いただけの格好だ。胸の乳首は埋没せずに堂々と鎮座している。  バーディンは主人の突拍子も無い申し出に慌てて首を横に振った。 「リオラム様を殴るなんてことできません」 「それでは私の気が済まない。こんな形で君を抱くつもりはなかった。もっと大事にするつもりだったのに」  抱くという言葉にバーディンの鼓動は高く跳ねた。先ほどの情事には現実感がない。尻の痛みがなければ、夢だと思うぐらいだ。しかしリオラムはなかったことにするつもりはない上に、もっと自分を大切に扱いたかったとでも言いたげな言葉を並べる。 (まさかリオラム様は私のことが好き……なのか?)  その言葉を浮かべただけで赤面してしまう。  確かにさっきは「愛している」と言っていたが、それは都合のいいも幻聴か言葉の綾のようなものだと思っていた。彼が同性の部下にそんな気持ちを抱くわけがない。 (いや、しかし……まさか……)  思考がまとまらないまま硬直するバーディンの手をさすりながら、リオラムは懺悔を口にする。彼の目にはうっすら涙まで浮かべ、それが心からの言葉であることがうかがえる。 「君が父上に結婚相手を願ったという噂を聞いて、いてもたってもいられなくなってしまった。少し意識させてやろうと悪戯しただけなのに、君が可愛すぎて……、その、我慢できなかった」 「私が……可愛い……ですか?」  彼の肩に手を置くとその顔を覗き込む。 「リオラム様、医者にかかった方がいい。視力に問題があると思います」 「私の視力は問題ない」  こちらの心配もむなしく邪魔くさそうに肩に置いた手を払われた。彼は少し視線を泳がせた後、こちらをまっすぐ射抜いた。 「見た目だけじゃない。愚直なまでな忠誠心も、嘘を疑わぬ無垢な心も、すべてが可愛くて愛らしい」  バーディンの両頬が熱を帯びていくのを感じた。  こんな真剣な目をした告白に冗談だと笑えるほど無神経でない。しかし、返す言葉が見つからない。黙っているとそれが答えと受け取ったのか、彼は少し悲しそうに視線を落とした。 「君が誰かのものになるなんて」 「あの、リオラム様、よく聞いてください。私の願い事は結婚ではありません!」  ようやく出てきた声は掠れていた。目の前の彼の目が弾かれたように見開かれる。 「陛下に願ったのは、貴方の自由です」 「私の……自由だって?」 「王族も息抜きがないと大変でしょう。なので月に一度はリオラム様が遊びに行けるよう陛下に願ったのです。願いを非公開したのは警備上の理由です」 「そんなものの為に、せっかく勝ち取った願いを使ってしまったのか?」  呆気にとられたリオラムの顔があまりに予想通りで苦笑してしまう。  大会の後、王に願ったのはリオラムの自由時間であった。そのために一般人を巻き込んだ外出規制という大ごとになってしまったのは予想外ではあったが。しかし、いつも城の窓から城下町を見下ろす彼の横顔を見ているバーディンには、そうしてでも連れ出してあげたいという気持ちがあった。 「そう言われてしまうと思ったので黙っていたのです。しかしまさかそれがリオラム様を悩ませてしまうことになるとは……」  不甲斐ない気持ちを打ち明けたが、リオラムの返事がない。彼は茹で蛸のように耳まで真っ赤になって固まっていた。 「リオラム様?」 「バーディン、やはり私を殴ってくれ。私は本当に大馬鹿者だ」  リオラムは覚悟を決めたように握った拳を膝の上に置き、両目を閉じた。殴る気など毛頭ないバーディンは伏せられた長いまつ毛をまじまじと眺めた後、その唇に触れるだけのキスをした。  驚いて目を開くリオラムに頰を掻いた照れた笑いを浮かべる。 「その……、嫌では……なかったですから……」  むしろ逆だ。彼を独り占めできたことに無類の喜びを感じた。 「私を……許してくれるのか」 「許すも何も、私は最初から貴方のものですよ」  当然という思いで答えたが、リオラムは真っ赤な顔のまま目を白黒させている。彼に対する忠誠心は今も昔も変わらない。  彼を守りたい。ずっと傍にいたい。笑った顔を見ていたい。  以前デートした女性からそれは恋だと指摘されたことがある。その時は否定したが、今思えば確かにその通りだったのかもしれない。 「私はずっと貴方を慕っておりました。それに乳首も治りましたし……あれ?」  見下ろすとさっきまでそこにあった乳首は再び埋没してしまっていた。リオラムはそれを見て小さく笑うと、恥ずかしがり屋の乳首を指先でさすった。 「バーディン、明日も来なさい」  そんな命令にバーディンは快諾すると、すぐさま唇を奪われたのであった。                       完

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